2018年4月8日日曜日

沖縄でのスピリチュアルな話し、怖い話し、パワースポット


沖縄での怖い話し


沖縄で聞いた少し怖い話を紹介します

建築関係の仕事で、沖縄の離島へと行かれた方の話


沖縄本当の北に位置する離島ですが、名前は伏せておきます

そこの建築現場は神社の正面にあったそうですが、本島からきた作業員の何人もが、まるで魂を抜かれたようにボーっとして動かなくなったそうです

それで何人も帰るのですが、新しく来た作業員の多くも同じ症状に見舞われて、仕事にならなかったそうです

そうした中で、知人の作業員の仲間の人が、夜中になると寝ぼけたのかふらふらと部屋を出たり入ったりするようになり、異常な感じになっていきました

そして数日がたって、その仲間の人は、作業中に急に鉄パイプを持って階段の上でボーっと突っ立っていたそうです

話しかけても返事をせず、鉄パイプを取ろうとすると、すごい力でふり払われました

その時はひとまず時間をおいたらよくなったので宿舎へと帰ったのですが、夜中になって、急に暴れだしたといいます

そして作業現場に夜中へ行って、鉄パイプを持って仮設の足場の上をすごい速さで走り回ったといいます

何とか取り押さえられて事なきを得ましたが、実はその現場では、別な作業員が同じような症状になって、翌朝に首をつって亡くなられたことがあったようです

その方は、本島から家族を呼んで会ったら平常に戻って、なんとか無事で帰られたそうです

もうひとつは別な離島での話です

その離島にはレインボーストーン=虹の石と呼ばれる綺麗な石があり、知人の方が持ち帰ったそうです

するとその方を映した写真に、片足が映ってないものがあったそうです

その時は特に気にしなかったそうですが、それからしばらくして、現場で高所から足を滑らして落下し、その写真に映っていなかった足を骨折してしまいました
たs
驚いてその石はもとあった離島の場所に返しにいったそうです

沖縄にはそうした離島から石を持ち出したら災いが起こるという話がいくつもあります

みなさんも離島に行かれたら石や木を持ち帰らないように気を付けてくださいね


沖縄戦で亡くなられた未浄化な方々と牛島満中将と沖縄の選択について


先日ちょっと変わった夢を見ました

牛島中将という方が、洞窟か地下道の入り口にいて、そこに蓋がされているみたいなのですが、彼が行って蓋を開いています

そして中には大勢の人の霊がとどまっている様なのです

入り口の周りには、牛島中将以外にも何人かいて、彼らが私に話しかけていました

内容としては「中には善き霊も、悪しき者も混ざっているので、出てくることになったから振り分けてくれないか」という事を私に訴えかけているようでした

私は夢の中でそんな大それたことは私には出来ませんといって恐縮してお断りしていました

夢としてはそこで終わりました

牛島中将という方は、おそらく第二次対戦の沖縄戦で司令官をされ、最後には沖縄南端の摩文仁(マブニ)の丘で亡くなられた牛島満中将(亡くなられてから大将になられています)のことだと思われます

彼は鹿児島出身の方ですが、おそらく亡くなられた現在も、沖縄戦で亡くなられた同胞や沖縄県民の浄化を願って活動されていると言うことではないかと思います

沖縄戦では洞窟・鍾乳洞の中に逃れて、亡くなられた方がたくさんいますので、洞窟か地下室のようなイメージの場所に、現在でもまだ未浄化で残されている方もおられるでしょう

そうした方々の浄化を願われていることを意味する夢だったのかもしれません

この夢を見た後に、辺野古移設について、沖縄県民はどう思っているのか?という質問を知人から受けました

それが夢で善いものと悪いものを振り分けてという意味だったのかもしれません

沖縄ではおそらく基地移設について賛成と反対で半々くらいに分かれていると思いますが、それだけで沖縄の民意がどうかという議論を進めるのは問題があるかと思います

なぜなら沖縄から基地が無くなったらどうなるかが正確に県民には知らされず、理解されずにいると思えるからです

沖縄のテレビや新聞での情報では、基地が無くなれば平和がやってくると、現実的にはありえないことを述べています

本当に平和がなくなるのであれば、無くなった方がよいと思うのは当然でしょう

ですが現実には、チベットなど軍事的な力を持たずに、平和を願っていた国が一方的に侵略され、悲惨な虐殺と弾圧に苦しむ結果となっています

もしも米軍がいなくなれば日本もチベットのようになる可能性が高いのですが、新聞テレビ等では、そうした可能性も、チベットやウイグルの惨状も伝えることはありません

そのように真実を知らされない状態で、判断していることについて、理解しなければならないでしょう


沖縄本島最高の霊場 斎場御嶽(せーふぁうたき)に行ってきました


以前に沖縄本島南部の南城市にある、最高の霊場とされる斎場御嶽にいってきた時の話しです

昔はほとんど整えられておらず、森の中を歩いていく感じでしたが、数年前に行った時は、有料となっていて、観光客も多く、道も整備されていました

最近行った時は、さらに人は増えているようで、駐車場も道向かいの場所に移っていて、車を止めるのも込んでいて大変でした

駐車場から斎場御嶽へと向かう途中の道にはパーラーや喫茶店なども出来ています

パワースポットブームによって人気が出ているのでしょうね

ただ、斎場御嶽は現在も生きている礼拝場ですので、上がってはいけないと書かれた場所や、お祈りをされている方の邪魔にならないように参拝されるようにお願いします

いくつかお祈りさせていただいたのですが、とくに沖縄は中国の脅威にこれから益々さらされていきますので、お守りいただけるように願いました

どうか沖縄の地に、真の平和が続きますように 中国からの脅威からお守りください



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8 件のコメント:

ai さんのコメント...

はじめまして。いつも興味深く拝見しています。
石や木ということですが、白いサンゴを砂浜から持ち帰るのもよくないのでしょうか?
先日、久米島から持ち帰ったので気になってしまいました。

YUMIKO さんのコメント...

えっ怖い! 石は持って帰らなかったと思いますが、珊瑚のかけらとか、貝は沢山持って帰りましたが。

匿名 さんのコメント...

今日のお話しで思い出したことがありました。

私の母親は奄美大島の出身ということもあって、奄美の一番古い神社を訪ねたことがありました。

観光ガイドブックには一番古い神社は「アマンデー」というところだと書いてありましたが、そこを訪ねたら何故か「ここではない」という気がして、地図を見て気になった岬の突端にあった神社を訪ねました。

するとそこの社の中に神社の由来が書いたものが壁に貼ってあり、そこが奄美で最初にイザナギ、イザナミの神様が降り立ったところだと書いてありました。

最後にその記事を掲載した方の住所と電話番号が書いてあったので、連絡を取って訪ねて行きました。

その神社は毎年村の代表の人たちが集まり、海で禊をし、神迎えをして上の方にある神社に神様をお連れしてお祭りをするのだという話でしたが、後継者がいなくなり、今年が最後のお祭りだったのだというお話しでした。

漁業をする人たちが航海の安全を祈願する神社でもあって、無事に帰ることが出来た時は持ち帰った石を奉納し、その集まった石で神社までの石段を作ったのだそうです。
かなり長い石段でした。

そして昔は神社の裏手にある清浄な気の漂うところでお祭りをしていたとの話でしたので、翌日再度訪ねて行きました。

そこを訪ねて行って驚いたのは、その場所はお祭りの後で飲み食いした後と思われる一升瓶やゴミがたくさん散乱していたのです。

これでは神様もお嘆きで、この場には神様はお出ましくださらないだろうと思いました。

今日のお話しで、「神社の前の工事現場」とありましたので、もしかしたらその神社の神様のお心にそぐわない何かがあったのかもしれないなと思いました。

匿名 さんのコメント...

石のお話しでもうひとつ思い出したことがあります。

これも奄美大島でのお話しですが、親戚に連れられてある浜に行きました。
そこの浜辺は波に削られたたくさんの丸い石だらけの浜でした。大きいものは大人の拳大くらいのものもたくさんありましたが、子供心にとても気味の悪い場所に感じました。

親戚から石には霊が乗っているから持ち帰ってはいけないと聞いた記憶もあります。

そこの浜は成仏出来ない霊たちが集まっていたのかもしれません。

洪 正幸 さんのコメント...

こんばんは

サンゴや貝殻などなら問題ないと思いますよ

洪 正幸 さんのコメント...

匿名2015年5月13日 22:03
今年の始めに、ウイグルの母と呼ばれるチベット、ウイグル自治区の人権活動家ラヴィアカーディルさんの講演を日比谷公会堂で聞きました。ウイグル自治区の惨劇はもう耳を塞ぎたくなるほどのおぞまし地獄の世界でした。沖縄の方もまずは、中国に侵略されたウイグル自治区の現状を知ってもらいたいです。自分達の身近な所のみではなく、もっと積極的に世界に目を向けて見てほしいです。

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洪正幸2015年5月15日 22:21
本来はメディアが伝えるべき役割なのですけどね
真実を伏せて、間違った方向へ進めようとしているようです

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YUMIKO2015年5月13日 22:48
尖閣諸島の問題が発生してから、初めて米軍基地が沖縄にある意味に気づきました。抑止力になってて、例のお国は、侵略出来ないですよね。ただ米軍にひどい殺され方もしてますし、沖縄の方は複雑で、難しいですよね。大好きな沖縄の平和が続きますよう願うばかりです。

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洪正幸2015年5月15日 22:22
こんばんは
ありがとうございます
もう二度と沖縄が戦場や侵略の地にならないことを願います

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にこ2015年5月14日 0:10
米軍や基地だけが悪いように報道されていますね。沖縄を侵略しようとする勢力もあるようですし、沖縄県外の日本人が無関心でいたり、誤解したままでいるのは危険です。

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洪正幸2015年5月15日 22:24
日本の置かれている立場をはっきり理解できてないと、間違った選択をしてしまうかもしれませんので、気をつけてなくてはならないですよね

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匿名2015年5月14日 0:12
なるほど、と思いました
当方、沖縄に知人が数人いましたが、どう説明しても中国の脅威を真剣に理解してくれず
さじを投げたことを思い出します
沖縄の方がには、後悔だけはして欲しくない、と、思いますね

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洪正幸2015年5月15日 22:26
こんばんは
新聞やテレビではそうしたことはほとんど言いませんからね
危機を訴える人のほうがずれているように見えてしまうのでしょう

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匿名2015年5月14日 0:17
この世はカルマの清算の為にある、その様な事を聞くと、まあそうかも知れないとは思いますが、それでも苦しんでいる人々の存在を見聞きすると、本当に心底辛くなりますね。


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洪正幸2015年5月15日 22:28
この世でカルマの解消より大切なことがあります
それが人々の苦しみを取り除き、楽を与えようとする思いですね

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匿名2015年5月14日 1:17
基地がなくなれば平和が訪れる…どこの国のかたのセリフですか?
そう断言なさる方々へ。では今からでも家中の鍵を壊してみましょう!そして空き巣も強姦魔も強盗殺人を企てる悪人も突然ゼロになる事を証明して下さい。まずは言い出した自分から証明をお願いします!

尚、このコメントの内容がそういう悪人たちに広まり一斉に沖縄に飛び、そういう活動してるあなた方とあなた方のご家族だけ狙い打ちされ鍵を壊され回られ大切な女性やご家族や特に若いお嬢様が一生苦しむ残酷な目に遭っても一切の責任は負いません。ご自分達の活動及び言動にきちんと責任持って下さい。
私は以上のような生き地獄を大切なわが国、大切な人たちには要らないと思ってますので断固として基地賛成致します。

洪様過激なコメント申し訳ありません。
ですが…ウイグルやチベットでの惨状を文章(お手紙)で知った者として、基地撤退後に起きうる地獄のほんの一部を伝えたかったのです。
…本当に自分や自分の家族や大切な女性やお嬢様だけは【穢されない】と本気で信じているのかと思います…。

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洪正幸2015年5月15日 22:31
真実を述べるにも、愛の気持ちから伝えていくと通じやすいかも知れませんね

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匿名2015年5月14日 15:16
長い間基地が置かれている沖縄県に住む方々のご苦労を自分の生活環境に当てはめて想像するに、けたたましい騒音やあらゆる危険をはらんでいる基地など無くなってほしいと願うのは当然だと思います。しかし今の沖縄の県知事の方針とか諸々の運動は、沖縄に生きる善良な一般の方々の総意であり望みであるとは全く思えないのです。沖縄県民として日本人として、今の沖縄の傾向を心底憂慮なさっている方々がそれこそたくさんいらっしゃると思うのですが、そういう方々の声はマスコミでは一切封じられているような感じを受けるのは他県に住む人間の身勝手な憶測でしょうか…。沖縄県にある基地のおかげで今の平和な暮らしがあるのだと今更に気付き感謝するようになりました。辺野古移設を無事に済ませてかつ沖縄県民が納得できる方策はないものでしょうか。

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洪正幸2015年5月15日 22:34
実は辺野古の住民の方の多くは移設に賛成で、県外から多く来て反対運動をしている方々の迷惑な行為に困っているのが現状です
そうしたことは、知らされることはないですね


匿名2015年5月16日 4:24
反対運動やデモを起こすお金で雇われたプロの人達がいます。これは日本だけではなく世界中です。それをメディアで伝えて間違った情報を流して混乱を起こすのが目的です。

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匿名2015年5月14日 15:49
最近の沖縄のついて、私もかなり危惧しています。早い話、日本がまともに自主防衛ができるようになれば、米軍基地はなくても大丈夫となりますが、現状では沖縄のみなさんの我慢と引きかえに、基地は不可欠です。憲法改正、自主防衛、早く実現しますように!

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洪正幸2015年5月15日 22:36
そうですね
米軍が嫌なら、自主防衛の力を付けなくてはなりませんが、それもダメこれもダメと、反対ばかりしているので、事態が好転しないのですね

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ターコイズの指輪2015年5月14日 18:33
とっても考えさせてもらいました。
沖縄がいい方向に向かうことを心から祈ります。

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洪正幸2015年5月15日 22:37
こんばんは
ありがとうございます
よい方向へ進んでいってほしいですね

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一慧2015年5月15日 16:08
このテーマについては、何だか非常に霊的に重たい空気感がありますが・・

隣接する国家に油断ならない国が存在するならば、当然その祖国を守るために軍事力は必須のものになります
悪にみすみすやられて満足する人はいないでしょう
闘わないといけないんです
悪にやられる善などになってはならないのです

沖縄のマスコミも地に堕ちていますね
もう少し、善の声が上がらないといけないんじゃないですか
辺野古基地建設のメリットを声高に伝播して、賛成運動・活動をする人達がいてもいいのにと思います
反対派の動きばかりが目立つので、沖縄県民の民意が計り知れないわけです

未浄化な霊界が開かれたということは、今後益々反対派の動きは止むことなく活発になるでしょう
霊界から振り分けを頼まれた洪さんの正しい判断による善なる活動も、切望するところです




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洪正幸2015年5月15日 22:40
こんばんは
移設の賛成運動は活発にされているのですが、メディアが一切伏せているのが現実です
メディアは真実を伝えるという、本来の役割を果たして欲しいですね

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アマミキョ2015年5月17日 12:53
牛島中将(´;ω;`)
いまも沖縄で、未浄化の御魂を説得されているのですね・・・・・
沖縄に日本国民の一人として感謝を捧げるとともに、
先の大戦で亡くなられたすべての方々のご冥福をお祈りいたします・・・・・

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洪正幸2015年5月17日 21:22
こんばんは
敗戦の責任を今でも感じていらっしゃるのでしょうね
沖縄戦で亡くなられた方の浄化を願っているように思われます

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洪 正幸 さんのコメント...

はにまる2014年6月7日 22:48
斎場御嶽は3年前に行きました。とても神秘的な場所ですね。
また行きたいです。
本当に沖縄の平和を心から祈ります。

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洪正幸2014年6月8日 20:21
行かれたことありましたか
巨石が目に付きますね

はい お祈りありがとうございます

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匿名2014年6月8日 20:41
こんばんは。

エネルギーが降り注いでいるのが感じられる様なお写真ですね☆★☆

愛の光で地球が包まれて平和な地球になります様に。

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洪正幸2014年6月9日 21:43
こんばんは

コメントとありがとうございます

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匿名2014年6月13日 21:11
突然のコメント失礼します☆昨日録画しておいた おしかけスピリチュアル を見たのですが、番組内容が沖縄巡りで、せーふぁーうたき(だったと思いますが)にチエちゃんが行きました。その時テレビから何となくエネルギーを感じて、昔子房さんから癒してもらった時と似てたような気がしたから思わずコメントしちゃいました。子房さんに癒してもらった時に 肩が重たくなり顔が上を向くという変な格好になったのですが、今回も肩が重たくなり上を向いて、なぜか両手をあげて万歳をしている変な格好になりました(笑)他の人には見せれません(笑) 誰もいなくてよかった(;´∀`) 
コメント失礼しました byぺこっち

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洪正幸2014年6月14日 23:12
ぺこっちさんお久しぶりです

もう高いところは大丈夫ですか?

エネルギーの流れで、なにか詰まりがあるのかもしれませんね

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匿名 さんのコメント...

こんばんは。
最近からこちらのblogを見つけて、少しずつ読ませいもらっています。
8年程前、長男を妊娠中に髄膜炎で入院しました。その時、隣のベットはおばあさんが居たのですが、ず~っとしゃべっていて、看護士さんに「ありがとうね~」とやさしい口調で話しかけていました。
高熱と激しい頭痛でキツかったのですが、おばあさんの話しはハッキリ頭の中に入って来ました。まぁ、カーテン越しですし…
生い立ちを話されてたんですが、北部から養子で那覇に来て、戦争になり、学徒体に入り、牛島中将のお世話をする立場だったようです。
私は耳がダンボになり、苦しいけど興奮しました。
教科書でしか知らない人と共に時代を過ごしていた人が隣にいるなんて、なんて凄いタイミングで入院したんだ!(ちょっとラッキーとさえ思ってます。今は…)
時間が経ってしまって忘れてきてはいるのですが、そのおばあさんの話では、牛島中将はとても優しい方だったと言ってました。戦後、その奥様から頂いた着物の事を気にしていました。(急に入院してしまったので)
私達の教科書では、牛島中将が糸満で自決をして沖縄戦は終わった。ぐらいしか出てきません。確か…
でも、そこにいた人達の見ていたものは、違うものなのかもしれない…と感じました。

私は那覇から近い離島に住んでいます。子供の通う学校には帆足文庫というものがあります。
それは海上特攻隊で駐留していた帆足孝夫さんという少尉の親族の方が、お世話になったということで、長年にわたり図書の寄贈や寄付金を贈呈して頂、設置された文庫です。
孝夫さんが島に居たのはわずか数ヶ月ですが、島民と親しく合流し、生まれたばかりの子供の名付け親になったりもしました。
その時の子供が教員となり、帆足さんの家族と連絡を取り合い、48年間続いてきました。
教員になって、孝夫さんの実家へご挨拶にたまたま行った日は、寄贈を始めて下さったお母様のお通夜の日だったそうです。
戦中戦後と、巻き込まれた県民・その子孫と、日本兵とその家族の縁があります。同じ日本人として。そして母としていつまでも子を思う気持ちは、永遠に感じます。

戦地に赴いた人、巻き込まれた人、家族を戦地に見送った人、いろんな視点の戦争という現実があったと思います。どの人に想いを馳せても、胸が締め付けられ目が熱くなり、でも、想像がつかない…
とてつもない地獄のはずだから。

戦争はこの世界からなくなってほしい。
でも、反対ばかり叫ぶのも違う気がして生きてきました。
真実が知りたい
自分の中で、戦争とはなんだったのか納得した答えがほしい
子供にちゃんと伝えられる親でいたい

近年、そんな想いが沸き上がっています。

長くなりすいません。