障害を持って生まれるスピリチュアルな意味
発達障害や身体が不自由であったり弱くして生まれてくる方がいます
それはなぜかと考えると、おそらく普通に健康で生きられる方に対して、どれだけありがたいかを知らせる役割が一つにはあるでしょう
人間はすでに与えられている状況には感謝せず、足らざるところばかりを見つめて不満を述べる傾向があります
健康で生きていることに、私たちは感謝を忘れてしまっているかもしれません
でも健康で不自由なく身体を動かして生きられることは、奇跡的なありがたい事です
そうした私達にありがたさを教えるために、時折、お体の不自由に生まれたり、どこかが弱く生まれてくる方がいらっしゃいます
あの世の待機場で天使が、新たに地上に生まれてくる子供たちを一堂に集めて言いました
「このなかで、他の人のために不自由な身体で生まれる子供を選ばなくてはなりません。自分がなってもよいと思う人はいますか」
みんなは地上に出て、友達とたくさん遊んだり。思い通りに生きたいと望んでいたので、目を伏せてしまいました
周りの子供たちが、うつむいている姿を見てある子供が言いました
「他の人が不自由に生まれるのは可愛そうです。どうか私を選んでください」
そうして生まれたのが、障害を持って生まれてきた方々です
天国での約束は忘れてしまっていますが、勇気と思いやりを持って生まれ合わせます
障害者の生きる意味
先日は、障害者を標的にした残忍な事件が起こりました
そこで障害を持って生まれ、生きる意味について書いてみます
ある人は耳が不自由だったり、目が不自由だったり、手や足が不自由だったり、あるいは体のどこかに、不自由な部分をもって生きることがあります
それは生まれ持ってのものだったり、その後の病気や事故により起こることもあります
何らかの障害をもって生まれてくる方が、一定数いますがそれは何故でしょうか
一定の割合でそうした方が生まれてくるのは意味があり、人々に健康に生まれて生きられることの有り難さを示しているのだと思います
生まれる前にあらかじめ分かっていて、生まれてきているのです
もちろん、不自由のあるのは肉体をもって生きているこの世においてのみであり、あの世に帰ると不自由はなくなります
そうした障害をもって生まれてくるのは、前世でのカルマを解消するために、あえて選んで生まれることもあるのですが、そうではなくて人々に感謝を教え導きの光となるために、あえて生まれてくる者もおります
人々を愛をもって導こうとする天使という存在は実在していて、彼らの中には、あえて障害をもって生まれてくる魂もおります
有名な方ではヘレン・ケラーさんも天使と呼ばれる存在が、人間として生まれてきたものです
また、今世では健康な体に生まれ合わせていても、転生の間には障害を持て生まれる経験もしています
魂の学びの役回りとして、今世では、健常者として生まれるものと、障害をもって生まれるものとがいて、別な転生では、役割を変えて生まれてきます
発達障害のお子さんを持たれる方へ
取り上げて欲しいテーマとして発達障害のお子さんをどのように育てたらよいかですとか、何らかの障害を持つ方を家族や夫婦として持たれる方など、取り上げて欲しいとありました
ですが育て方ですとか、私が何かを申し上げたり、助言するのは分を超えていると思います
やはりその道のプロですとか、もっと適切な方にアドバイス等を受けられるのがよいかと思います
ただ一言だけ、障害や何らかの不自由な身体を持って生まれてきた方たちの魂の観点からお話しすると、きっとその方たちは、自分が生きていることで親や身の回りの人を悲しませたり、嘆かせてしまうことを願っていないと思います
自分がいることで悲しい姿を両親が見せたりすることは、その方たちにとって魂の傷ともなってしまいます
ですので、なるべくわずかでも喜びを見つけながら育てられると、その方の魂にとってよいことなのだと感じられます
あとは具体的な子育てなどの方法等は、同じような境遇にいらっしゃる方の集まりなどで情報を収集され、よいアドバイスを受けられる方を見つけられるとよいでしょう
