2013年4月16日火曜日

ルネサンスと霊的変革



マルシリオ・フィチーノ

中世キリスト教圏の特にイタリアを中心になされたもので、古典の復興とも言われています



なぜ古典かと言うと、中世ヨーロッパではキリスト教が絶大な権力をもって人々の上を蓋するように覆っていたわけです

キリスト教では人間は原罪を背負った存在とされていますので、個人の自由や権利などは尊重されないわけですね

つまり人間はほっておけば罪を重ねていくだめな奴だっと考えられていたので、罪から救済できる力を持っている教会が、人々を支配していたのです

すると、社会はたいへん窮屈になり、人々は抑圧されてしまいますので、息苦しいわけです

すると、キリスト教が社会を覆う以前の古典にある人々の自由さに憧れますね

それゆえ、ルネッサンスでは古典に触発された人々によって、もっと自由を求めて現れたものだと言えます

そのルネッサンスを決定づけるといいますか、一番の核になったものが、ヘルメス主義だと私は思います

ヘルメス主義については何度も日記に書いてきました

キリスト教の原罪思想や、その母体となったユダヤ教などからは、人間は罪を犯す奴らで、価値の低いものという考え方が導かれてくるわけですが、ヘルメス主義では、人間の本質は神様と同質と考えますので、人間を尊重する思想が出て来ます

ですので、中世ヨーロッパの抑圧てきな教会の支配や思想に対して、人間を尊重する思想をうちに含んだルネッサンスが、ヘルメス主義をもとにして開花したのだと思います

現代の政治でも、人々を抑圧する方向にある社会主義や共産主義があり、一方で人権を尊重して自由を尊重する自由主義、資本主義の対立があるわけですが、中世においても個人としての人間の価値をあまり尊重しない思想(中世キリスト教)と、人間の価値を尊重する思想(ヘルメス主義)があって、対立していたわけです

詳しくはヘルメス主義についての日記を参照ください

そのルネッサンスの流れからキリスト教のなかでもプロテスタントなどの新教が発生してきたのでしょう

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精神世界ランキン

1 件のコメント:

  1. 題:今は、・・「三位一体神」。
    .
    副題:キリスト教の信仰対象の神は、今は、「三位一体神」。
    .
     ヨハネには、「三位一体神」など、頭に、まったく、なかった。
     三位一体神と言ったら、即座に「それ何?」と、返事が返って
    くるだろう。
     (「ヨハネの手紙1」2・22)を読んでみて下さい。
     完全に、彼は、2神の考えです。
     「御父と御子」です。
     その文は・・
    偽り者とは、イエスが「メシアではない」とイエスを否定する者
    ではなく、「御父と御子」の(2神)を否定する者」・・・と、
    言っています。
     「この(2神の)御父と御子」を認めない者は、「反キリスト」
    です・・・とも言っている。
     完全に、信仰対象のキリスト教の神は、2神です。
     キリスト教の最高の会議である「公会議」でも、
     「御父と御子」の2神が、キリスト教の神だと決定したことと
    符合(ふごう)する。
     時代が経っても、なかなか「聖霊」を神としなかったが、
    大分、時が経た後、すったもんだの挙句に、
     「異端だお前は」の暴挙・暴言が出る大荒れの中で、
     「聖霊」が、キリスト教の神に加えられた。
     そして、「三位一体神」とされた。
     異端とされた者は去って
                 (つづく、後はブログに)
    URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
    URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp

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