私たちはこの地球に、幼い肉体に宿って生まれてきました
生まれたての私たちは、自ら歩くことも出来ず、しゃべれずに、ただ、泣いて親の庇護を求める事しかできません
生まれたまま自然に放置されれば、数日も生きる事が出来ないでしょう
そのような何もない私たちが、今日まで無事に成長してきた事実の背後には、多くのものを与えられてきたという事実があります
今、生かされているという事は、少なくとも生存のための条件を与えられてきたということです
しかし、与えられてきたものを忘れ、いつしか足りない事に目がいき、不満ばかりが募ってきてしまうのが私たちでもあります
その原点にあるのが、他者との比較です
「あの人はこれだけ与えられているのに、自分はもらえていない」そうした他との比較によって、不平不満が出てきてしまいます
たとえば兄弟の中で、いつも褒められたり、親の愛情を多く受けているように感じられると、自分にはその分、少なく与えられていると感じて、幼いころから不満を抱くことがあるでしょう
あるいは家が貧しくて、欲しいものがもらえなかったとしたら、裕福な友達が、色んなものを持っているのを見て、うらやましく思ってしまいます
社会に出ても、同僚が早く出世するのを見ては嫉妬したり、素敵な異性と結婚する同世代の人を見てはうらやましく感じ、知り合いが早く家を建てたら妬むこともあるでしょう
そのように、多くを与えられて生かされてきた私たちですが、他者との比較する目によって、不平不満がつのり、苦しみを生んでいくようになります
人間は本来、それぞれが自分だけの人生課題・テーマをもって生まれてきた存在であり、他人と比較できないオリジナルな存在なのです
その真実を忘れてしまったところに、他者との比較による不幸の芽は出てきます

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』