2020年2月20日木曜日

縁を生かして道を開く


他人の魂は、私たちにはなかなか分からないものです

なので私たちは、その外に現れる印象や、行動によって、その人を判断してしまいます



私たちの思考は、外に現れた世界を分析し、判断するのが得意です

それは物事にレッテルを貼るという事です

これは何、これは何と、目に映るものを次々と区分けして、レッテルを貼り付けていきます

人間は、目の前に現れたモノやヒトが、どのようなものであるのか深く考えるよりも、一瞬の印象で、すべてを決めてしまいがちです

「この人は感じが悪い」「この人とはうまくやっていけそうだ」「あの人は仕事ができないに違いない」「あの人は性格が悪い」などと、色んな判断をしてきたはずです

しかし、人間の魂には、個々にいろんな物語が込められています

その魂に固有の物語に耳を傾けることなく、安易に決めつけてしまう事が多いのではないでしょうか

そのことを考えさせられるお話がありますので、紹介いたします

致知出版が出している月刊雑誌「致知」 に掲載されていたお話しで、以前にネットでも話題となったものです


『縁を生かす』 

(教師であった鈴木秀子先生から教えてもらい文章化)

その先生が五年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。 勉強もよくでき、将来が楽しみ」
とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。

二年生になると、 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。

三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」

後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」
とあり、四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
 分からないところは教えてあげるから」

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い! きょうはすてきなクリスマスだ」

六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。
そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」

それから六年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、
 とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」

十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
 あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
 神様のように感じます。
 大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、
 五年生の時に担任してくださった先生です」

そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母の席に座ってください」

と一行、書き添えられていた。

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9 件のコメント:

  1. 今日の記事は、汚れた心を涙で洗われるような内容です。今までで一番感動した。

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  2. 胸にぐさりと刺さりました。
    至りませんが、私も関わった人に問題があればそれが出てしまう理由、それまでのストーリーがある筈だ、と考えるようにしています。
    でも問題と言うのは無い人間などいないと思いますので、簡単にレッテルを貼らずにその人の色々な物語があるのだろうな、と考えることは結局は自分を救うことになるのではないかなと思います。

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  3. ボロボロ泣いてしまいした。
    時々見た目で判断してしまう自分を反省しました。
    素晴らしいお話ありがとうございました。

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  4. 涙出ました。このようなお話ありがとうございました。

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  5. 久しぶりに感動しました。ハートが温かくなりました。

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  6. いつもありがとうございます。
    涙があふれてきました。感動しました。
    今回のお話を心に留めながらいろいろな人たちと触れあっていきたいです。

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  7. 泣きました。
    ありがとうございました。

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  8. 涙がでてきました。
    先生の立場になった気持ちと、少年の立場になった気持ち、心が温かくなるお話です。
    ありがとうございます。
    自分は反省します。決めつけて考えるのは、違いますね。自分自身ももう一度見つめ直してみます。

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  9. 今日、本屋さんでたまたま絵本の『ごんぎつね』を読んだのですが、その絵本のラストで「このイタズラ狐め!と思って銃で撃ったら、実はその狐がいつも自分の家に栗を持ってきてくれていたのだった…」という旨の内容と今回のメッセージがかぶって、絵本を読みながら号泣したのを思い出しました(涙)

    私はイエスさんと繋がってからは周りの皆さんの気持ちがわかるようになってしまったので、隠されていても目の前の方の本音がそのまま私に伝わってくるため、どうしても傷付くことが多く(何でこんな思いをさせられるんや!と)理不尽に感じてもいたのですが、

    目の前の人の本音がわかることによって、中には「人を見た目や話し方などで勝手に(○○な人だと)決め付けたらダメだなぁ、こんな言い方してるけど実はこんな優しい気持ちをちゃんと持ってらっしゃるんだ!」と感動することもあるので、

    神様やイエスさんがわざわざ皆さんの気持ちがわかるようにされた意味もわかるようになりました(カウンセラーという立場上、クライアントさんがウソを話していても本音がわかるので、その本音を話してもらえるまで穏やかに聴く準備ができて有難い、とも言えます)。

    神様が愛のエネルギーで創られた魂同士は会話がなくてもお互いの気持ちや考えをテレパシーのように感じ合えるので誤解も何もありませんが、私たち人間は言葉を使わなければ意見交換や気持ちの交換できず、それが誤解を生んだりもしてなかなかにやっかいです…

    ただ、もし全ての皆さんが今の私のように魂同士で繋がってお互いの本音がわかってしまうと、よからぬ本音(魂ではなく自己中なエゴによる本音)に従って生きている大部分の方々は「ヤバイ、バレた!!」って焦ってしまうことになると思うので(そのせいでしなくていいケンカや争いも激増することでしょう)、

    やはりまずはその自己中なエゴをいかにして自分(魂)からそっと外して距離を置き、優しくてあったかい魂と一体化して生きることができるのかを考えて実践していかねばなりませんね。

    そのためのヒントをイエスさんがたくさんくださっていますので、皆さんの本音に傷付いたり落ち込んだりしつつも、これからも頑張ってブログに書いていきますね(⌒-⌒; )

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