邪馬台国は何処にあったか?霊視に見る真相と沖縄との繋がり

2020年6月13日土曜日

秘史 歴史


邪馬台国についてその場所の質問もありましたので、以前に瞑想中に見えたことを新た着書き加え、過去に考察した記事も再掲載していきたいと思います



魏志倭人伝に見る邪馬台国と琉球


魏志倭人伝を読んでみました

これは三国志に出てくる 魏の国から当時の日本を訪れた時の記録で、有名な邪馬台国や卑弥呼(ヒミコ)が出てきます

魏の使者が韓国の南端から海を渡ってやってくるのですが、 伊都国に来るまでは、草が背まで繁ってたとか、実際に体験したことを書いていますが、それ以降からは急に無くなってます

伊都国というのは当時の使節が来たときの停留場所であったと書いています

どうやら使者は 伊都国にとどまって、それ以外の国については聴きかじりで書いたものと思われます

伊都国というのは今の福岡県にある糸島半島のようです

「倭の地を参問するに」と書いてあるように質問して聴いたことを書いているようです

実際に行っていなくて聞き取りで書いたため記述に混乱があり、このために邪馬台国論争といって、何処にあったか長年の論争の元になったのでしょう

では 使者の聴いた邪馬台国とは何処かと言うと、南に水行十 日、陸行一月。とあり、これをそのまま当てはめると九州の南の海上となります

ですから、邪馬台国の研究している人はこれは南じゃなくて東の間違いではないか(畿内説)とか、日数に間違いがあるのではないか(九州説)等が言われています

しかし、その後の記述にあるように「 その道里を計るに、当に会稽の東治の東にあるべし」と書かれています

上記の地図の東治を見てもらえると、その東の海に沖縄があるのが分かります

これからも場所は、九州の南の海上で、今の沖縄や奄美大島が当てはまります

ですので、南に水行十 日、陸行一月とは記述の間違いではなく、 作者は今の沖縄あたりにあると考えて書いたのがわかります

しかも風俗として、みんな入れ墨して海に潜って海産物をとっていたと言います

入れ墨の風習は畿内にも、九州にもありません

むしろ罪人に罰として入れ墨していたようです

ですので畿内も九州も当てはまりませんが、沖縄には入れ墨の伝統がありました

ちなみに私のひいおばあちゃんまでは、手の甲に入れ墨をしていました

また、温暖な地で冬でも生野菜を食べていたと書かれていますが、畿内では当てはまらないと思われます

九州でも当時は寒冷時期であったと言われるので難しいです。沖縄なら当然当てはまります

「 倭の地を参問するに、海中洲島の上に絶在し、あるいは絶えあるいは連なり、周施五千余里ばかりなり」と言う記述がありますが、これは周囲を海に囲まれた地域ととれます

九州や本州では当てはまらないでしょう。島なら考えられますが、こちらも沖縄や奄美なら当然当てはまります

と言うことで、 作者が考えていた邪馬台国の場所と言うのは、沖縄・ 奄美地方で間違いないでしょう

ですが、沖縄説が有力ではないのは、考古学として考察するに当時沖縄はそれだけさかえていなかった理由によるでしょう

だから邪馬台国は別にあるのだと考え、記述と一致しないことをあれこれ考え悩んでいるわけです

ここでもう一度思い返して頂きたいのは、 使者は実際には邪馬台国には行ってないだろいということですね。聴いて書いているわけで、問答において誤解があった可能性があります

つまり、 使者の聴いた倭の地と、実際に女王のいる邪馬台国は別な地のことを書いていた可能性があります

使者が倭の地はどんなところかと聴いた時に、

使者は女王のいる邪馬台国について聴いたつもりであったのに、答えた人は別な地を想定して答えた可能性もあります

ではなぜ、回答者は今の沖縄辺りの地域を答えたのかですが、幾つか考えられます

1、当時の中国からな日本のことを倭(ワ)と呼んでいたのですが、当時の質問された日本人からしたらワの国とは、沖縄地方のことを指していた

2、邪馬台国の国交の範囲が沖縄まであって、その境の地のことを答えた

3、邪馬台国の民の源流が沖縄・ 奄美にあり、伝承として語りつがれていた地の話しが紛れ込んだ

4、 作者が聞きかじっていた琉球の地を勝手に邪馬台国と一致させて書いた

まあ、いろいろ考えられるわけですが、そもそも 使者が実際には行ってなくて、聞き取って書いたため魏志倭人伝 から邪馬台国の場所を特定するには無理がありそうです


邪馬台国と琉球開闢の女神アマミキョ


前回は資料にそって分析して書いていますが、今回は主観的に感じたことや思ったことをおもに書いていきます

魏から来た使者は質問者から間違った地理的説明を受けて、沖縄辺りに邪馬台国があるらしいと考えたようでした

ではなぜ答えた人は沖縄辺りの地理を言ったのだろうと考えると、 魏志倭人伝には「 倭の地を参問する」と書いていますが、倭(ワ)とは当時の中国から呼ぶ日本のことですが、沖縄では方言で今でも自分のことを(ワ)と言います

つまり沖縄の人からすると(ワ)の地と言えば、自分の土地と言う意味になります

ですので 作者が聴いた(ワ)の地と言うのは、女王の住む邪馬台国出はなくて、回答者の住む(ワ)の地、つまり回答者が自分のいた沖縄について言ったのではないかと考えられます

回答者の日本人は沖縄から来ていたのではないでしょうか

と言うことは、邪馬台国は幾つかの国の連合国なのですが、当時から遠く沖縄の地とも交流があったものと思います

おそらく南方の沖縄ルートで秘かに魏の敵対国である、呉とも民間レベルでの交易があったのではないかと思います

その経由地でもある沖縄・ 奄美は邪馬台国の交易地でもあったのでしょう

ひょっとしたら呉の人が邪馬台国連合の別な国にいたため、魏の使者は伊都国に留めていた可能性もあります

もし見つかったら困りますからね

邪馬台国連合と言うのは、交易をなす海洋民族であったのではと思います

国々が共立して女王をたてたわけですが、これらの国は交易などにより繋がっていたのではと思います

主に島や海岸地帯に住む人々の集まりであったのでしょう

もちろん田畑もありましたが、魚介類を取って暮らし、島に足りないものは交易で手にいれていたわけです

当初は貿易による富の蓄積により力を持っていたのですが、稲作の普及とともに内陸の国の力が強くなり滅ぼされてしまったのではないかとおもいます

稲作では塩害のでる海岸地帯より、川沿いの内陸の方が好都合ですから

魏の使者は邪馬台国の他の人や国について幾らかは見てて、海に潜ったり、入れ墨してたり、市で交易していたのは見ています

ですので、入れ墨しているなどの特徴は沖縄だけでなく、広く邪馬台国の連合国で見られる風習だったのでしょう

邪馬台国の記述が魏に残っていて、そのあと成立した大和朝廷にはそれらしい記述が無いため、邪馬台国は歴史から忽然と消えた存在になっています

邪馬台国はまるでユダヤの失われた十部族のように歴史から姿を隠してしまうのです

邪馬台国の風習として入れ墨している特徴があるので、もし彼らがそのまま残っているなら、その特徴的な姿からすぐわかるでしょう

残りはどうなったか

戦で敗れてみな殺されてしまったのか

そこまでの虐殺はなかったでしょう 一部は大和朝廷に加わり、また一部は逃れたのではないかと思います

ではどこに集団で逃れたのか

彼らは入れ墨という特徴的な姿であるため、九州や本州に逃れたのなら、その地帯に風習が少なくても痕跡として残っているはずです

それが残っている地域とは、ずはり沖縄です

著者が邪馬台国は沖縄辺りにあると想ったように、沖縄・ 奄美は何らかの縁のある地域であり、侵略された邪馬台国の民の一部は沖縄・奄美へと移り住んだのです

彼らが移り住んだのなら何らかの伝承があるのではと考えられます

当時の人にとっても重大な事件でしょうからね

その伝承こそが琉球開闢の女神アマミキョであると思います

アマミキョの女神さまは、沖縄に稲などの農作物をもたらしてくれたと言います

ちょうど邪馬台国の時代は稲作が九州で普及してきた時期であり、彼らが移り住んだのなら稲などももたらしたでしょいから時期としても一致します

また女性が霊的に優位にありリーダーとして選ばれることも女神であるアマミキョ神に一致しています

彼らは太陽神を信仰していたのでしょう、沖縄でも太陽神の信仰があります

海洋貿易をし、海に潜り、入れ墨する風習は沖縄の特徴としてのこりました

かつて沖縄・ 奄美が栄えていた時代があり、その末裔が邪馬台国の民であり、また彼らは故郷である沖縄・ 奄美に帰ってきたのではないか そんな気がいたします


霊視で見た邪馬台国の場所


以前に瞑想中に自分の過去世の体験らしいものが見えた時がありました

そこは古代の日本であり、ヤマトと呼ばれる地でした

そしてトヨと呼ばれる女性が統治していた場所です

高床式の蓑で出来たような小屋に住み、そこで古代の米を壺に入れて、木の棒でつついて、お酒を造っている姿も移ります

集落の周りには木で柵がしてあり、外敵からの侵入を防ぐような作りになっているようでした

そして小高い丘にのぼると、眼下に湾が見えて、青々とした野草のような稲がなっていました

どうやら邪馬台国というのはヤマトの間違いであり、中国の使者が当て字を間違ったのだと思います

そして卑弥呼の次にはイヨという女性が跡を継いだとなっていますが、これもイヨではなくてトヨと呼ぶのが当時は正しかったようです

瞑想中に見た様子では、その卑弥呼のあとのトヨの時代に私は生まれていたことがあったようです

この当時の場所なのですが、やはり九州の北部に位置していたように感じられます

遠浅の大きな湾が見える場所に、邪馬台国(ヤマト)はあったのでしょう

私が瞑想中に見た風景では、そうした場所にあったように感じられました

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