スピリチュアルな世界では、何か人とは違った特殊な能力を持ったり体験をすることで、自分に陶酔し、うぬぼれてしまうことがあります
スピリチュアルに関心を持つ人でも、そうした特殊な能力にあこがれて惹かれる人もいます
そして特殊な修行などをして、超能力や霊能力を得ようとしたり、超常的な体験を積んで、自分は凄いのだと勘違いする事が多いのです
そうした人には現実世界では、たとえば仕事であまりうまくいかずに、周囲からの評価が良くなくて、それを心理的に補償しようとして、別世界のスピリチュアルな世界では、自分は認められるのだ、優れた存在なのだと思おうとするのです
実社会では自分は認められないけど、そうした自分への過小評価に耐えきれずに、スピリチュアル界など他の世界では優れた者だ認められることを願っているものです
こうした心理的補償というのは例えば学校では、勉強があまりできないと、それを補うためにスポーツで人より優れたところを見せたいと思う場合もありますし、勉強もスポーツもダメだと、今度はバンド活動など音楽の道で人気を得ようとしたりします
もちろん、自分の才能がそちらの方に埋まっていて、それを掘り起こすのは良いのですが、劣等感を補うためにしている事もあります
あるいはどれもダメな場合には、不良グループなどに入って、普通の生徒がしないような悪いことをして、それで優越感を得るような事もあるでしょう
そうした悪の世界ででも認められたいと思ってしまう事があります
そのように人間には承認欲求がるため「他人から認められたい、自分を価値ある存在として認めてほしい」と願います
それが通常の道で叶わないとなると、違った道ででも認められたいと思うようになります
霊能者にもそうした傾向がある人も多く、彼らのなかには、「私が唯一だ」とか、「特別な存在なのだ」とか、己惚れてしまうことも多いでしょう
何度か書いておりますが、慢心も自己卑下も、極端にぶれると、人は足を踏み外してしまいます
才能に酔いしれて、足元をすくわれる人もおれば、自己卑下の泥沼に足を取られて動けなくなる人もいます
ですので、極端な自己評価に陥っていないかを反省し、中道となるように心がける必要があります
