魂を孤独の牢獄に繋ぐモノの正体|真実の自己への目覚め

2018年6月19日火曜日

人生問題


苦しみを生み出しているモノの正体



私たちは悩みや苦しみの中に生きて、その苦しみを生み出しているモノの正体を見失っていることがあります


私たちを苦しめているモノの正体とは何でしょうか?

それは実は”自我・エゴ”によるのです

自我は、私たちが肉体に宿って、この世に生まれるにあたり、鎧のように被ってきたものです

自我は、自分と他人を分かち、分離を生じさせ、魂を孤独の牢獄に入れるものです

しかし、その自我・エゴがある故に、私たちは肉体生存が出来て、人間としてこの世で生きる事が出来ます

この世で肉体をもって生きるためには、肉体を守るために、自己防御の働きがないと生きていけませんので、自我は、その働きを生み出していくのです

そのように、地上で生きるために必要なエゴですが、その働きが強くなりすぎて、逆に私たちを苦しめるもととなるのです

自我は自らを守ろうとしますので、何か危機が迫ると、それを回避しようとします

その一つに、自分が何らかの責任を負わされそうになったり、怒られそうになった時などに、傷つくのを回避しようとして、言い訳を考えるようになります

たとえば人生がうまくいかなかったときに、自分の過去の行いが原因だと反省するのは、痛みを伴うため回避し、周りの人々が悪かったのだ、社会が悪い、親が悪いなど、自分以外の外部の責任にして、言い訳をします

自我はそうやって、自分が悪かったという負い目を受けることなく、傷つくのを回避して、正当化しようとするのです

ですが、問題に直面し取り組む反省の思い無くしては、問題を克服して、次のステージに進めないのです

自分の責任を認め反省するのは、辛いでしょうが、それによって課題がクリアーすると、克服していけるのです

それがなされない間は、同じ問題が繰り返され、ますます苦しみを生み出してきてしまうのです

苦しみを回避しようとした自我の働きが、かえって苦しみを増していってしまうこととなります




真実の自己への目覚め



前回は、人がこの世に生まれて、生きていくのに必要となる”自我”が、自らを守ろうとして、かえって苦しみの原因となる話をしました

この”自我”は、防衛しようとするだけでなく、傷つかないうちに、先制して他人を攻撃しようとします

自分のプライドが傷つけられそうになったり、立場をおびやかされそうになった時に、他人を攻撃してしまいます

たとえば、自分を認めないものや、輪の中に入らないものなど、思い通りにならない人物に、実害を受けていなくとも、率先して周囲に悪口を言いふらしたり、相手を貶めるようなことを言ったりします

そのような率先して攻撃を開始したり、自分が苦しんでいるのは、ある人のせいだと恨んで、その人を攻撃しようとします

あの人が自分の好きな人を取ったため、自分が不幸になったとか、自分が出世できなかったのは、あの人のせいだなど、責任を他人に転嫁して、その人を攻撃していきます

”自我”はそのように、自分の脅威となるものと判断したら、攻撃を開始していきます

それによって自分が傷つくのを守っているようでいながら、実はかえって苦しみの原因ともなっているのです

ひとを攻撃すると、その反作用で、いつかは自分自身に、その力が返ってきます

自分を守るために攻撃していた力が、いつかは自分自身に戻ってきてしまうわけです

私たちは”自我”の殻を被ることで、この世で生きられてきたわけですが、その殻が強力に育ちすぎて、かえって自分を苦しめるものとなってしまいます

カニは硬い殻で覆われていることで、外敵から身を守っていますが、あまりに殻が厚くなると、脱皮できなくなって死んでしまうようなものです

”自我”は本来の自己ではなく、肉体と同じく、この世に生きるために身に着ける鎧だと気づくことが、目覚めの一歩となるでしょう



自分を不幸にしてしまう自責の念



”自我”の働きによって、他人を責める話を上記記事で書いてきました

他人を攻撃する思いと真逆に、自分を責める、自責の念があります

この自責の念は、どこからくるかというと、これもやはり”自我”の自己防衛から来ています

相手と自分の力が、それほど大差なかったり、自分が優位の場合には、相手を責める方向に、防御能力は働きます

自分が傷つかれる前に、相手をやっつけてしまおうとするわけですね

それでは、相手の方が力で、圧倒的に優位にある場合はどうでしょう?

分かりやすいのは、子供と大人の関係を想定してみるのがよいでしょう

体力では、子供は大人にかないませんし、大人の力がなければ、子供は生きていけません

そのような状況で、大人が子供を強く攻撃していったらどうなるでしょう

はじめは反抗していった子供も、虐待などが続くと、自分が悪いように、自責の念を抱いてしまうことがあります

それは、相手を攻撃しても自分を守れないため、自分を責めることで、かえって自分を守ろうとするのです

反抗してしまうと、攻撃されて、大きく傷つけられてしまうため、相手の攻撃を受け入れて、自分を責めてしまうのです

虐待などは極端な例ですが、子供時代に親や先生、あるいはグループで責め立てられることで、自責の念を抱きやすくなってしまう人が多くいます

グループというのは、クラスの中でイジメにあったりすることで、いじめを受けた人は、自分を責めるような思考に陥ってしまうことがあります

親や先生などから、ダメな人間だと烙印を押されるような言動をされたり、強く責められ続けると、自虐的な傾向が出てきてしまうことがあります

そのように、自責の念を抱き続けていると、それもまた不幸を呼び込む元となってしまいます

自虐的な傾向性があると気づいたら、大人になってからでも、徐々にでも変えていくようにしなくてはなりません

自分の中にある神性・仏性を掘り起こしていきましょう


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