自分らしさを愛せますか? スピリチュアルメッセージ
あなたには許せない人はいますか
あなたを騙した人、悪口を言ってる人、裏切った人、利用する人
それらはあなたを傷つけた人で、笑顔で握手するのは難しいはずです
そうした人以外に、あなたをよく傷つける人が身近にいつもいます
それは自分自身です
あなたは、不当に自身を卑しめ、評価せず、理解していなく、自分と分かり合えていないかもしれません
目に見えない世界では、あなたを深く理解し、愛している方がいます
人は目に見えて、手で触れられる世界に魅了され、物質世界に浸って毎日を過ごしているため、見えない世界には意識を向けずにいました
それゆへ、他人や社会の評価に、自分自身を当て嵌め、四角い段ボール箱に自分を押し込もうとし、はみ出した部分を不要なものと切り捨てようとしてきました
切り捨てられた自分は、消滅することなく、蓋をされた闇の世界で悲しんでいます
インナーチャイルドと呼ばれるものも、そうした隠された自分の一部です
何かをしなければならない、そうしなければ両親や先生の愛情はあなたに向かず、心は飢え死にしそうになり、必死に求められる自分であろうとします
それは学校でも、職場でも、画一的な人物が求められてきたからでもあります
学校では先生が生徒を、職場では上司が部下を、指導しやすいからという理由で、個性を押しつぶそうとしてきたからです
そうしたかたは、どうか、目を閉じて、あなたを深く愛されている見えない存在のことを思い出してください
意識を向けて、愛情が注がれているのをイメージすると、実際に魂の兄弟が寄り添い、光りをなげかけてくれています
そうした愛情の光りを感じられなくなってしまっているのは、ひとが生まれてよりこのかた、不調和な思いを発信し続け、愛と同調しないシグナルで思いを満たしていたので、通じづらくなっていたからです
調和していくためには、相手を許すこと、それは不当に厳しく裁いていた自分自身をも含みます
そして、ひとへ愛の思いを向けてゆくこと、そうすると、愛情深き存在と、思いが近くなるにしたがって、魂の兄弟と同通しあうことも増えてまいります
あなたを深く愛している見えない存在の思いを、感じ取られるようになります
自分らしさを愛すること
私たちは、ずっと規格通りの品物のように、測られて比べられています
そして規格内に収まるように、個性を押し込められて教育されます
学校では服装も決められ、外見も画一的な姿を求められます
内面もそうで、明るくはきはきして、先生の言うことを素直に従う人間を求められるでしょう
それは、学校側にとって、大勢の生徒を指導していくうえで、その方が便利であり、都合がよいからでしょう
組織としての都合として、求められる個性が決められ、押し込められます
学校を卒業してからも、会社に入ると、一律の社員教育を受けます
それも会社が社員を都合よく動かせる者になるよう、組織にとって求められる人物像にあてはめようとします
たしかに社会や周囲に迷惑をかけるのはよくありません
なるべく調和は保つようにした方が良いでしょう
ですが、神仏が私たちに個性を与えたのは、それらを愛されているからです
あなたが宇宙において二人と存在しない個性であり、規格化された品物のように、同じものがいくつもある者ではないことを意味します
たとえ周りの人から理解されず評価されなくとも、自分で自らの個性を愛することはできます
あなたが自分らしさを愛さずにいたら、だれが愛してくれるでしょう
世間の波に押しつぶされそうになろうとも、自分らしさを失ってはいけません
自分の個性を愛すること
今回は老荘思想的な考えを述べて見ます
いろんな方からメールで相談を受けることもあります
そのなかで、自分はあれも出来ない、これも出来ないと、ご自身の弱点や苦手なことをいろいろ上げて、出来るようになりたいと悩んでいる方がいます
ですが、人間と言うものは、何でもかんでも器用にこなせるばかりではないでしょう
得意な部分があれば、不得意なところもあります
たとえば私などは、一つの物事に集中する傾向があって、その他の物事に注意が散漫になるところがあって、色々な事に気を配るような作業は苦手です
一つの事に考えが行っているので、よく忘れ物をしたり、別な作業で見落としたりすることがあるのです
ですので、同時に幾つも注意を払わなければならない作業は苦手ですが、何か突き詰めて考えるような、アイディアを生み出したり、研究するような作業は得意と言えます
このように、短所と長所は表裏一体の所があるので、なにか弱点があるということは、逆の面でよいところがあると言えます
もちろん、短所を修正して長所を伸ばすことは良い事ですが、それに捕らわれ過ぎて、自信喪失になったり、自分を責めすぎたりするのはよくないでしょう
特に宇宙由来の魂の方は、普通の人と違った個性を持たれている方が多いので、時に誤解されたり、あるいは周囲と馴染めず、一人浮いてしまって、イジメに合うこともあります
そうした時に、自己嫌悪に陥らずに、ある程度、弱点と思えるところも個性として受け入れることもありえるでしょう
受け入れることで、それでは日常生活に不都合が無いように、どのように工夫したらよいかなどのアイディアを出したらよいと思います
老荘思想というのは、このように努力や向上の発想だけでは、息詰まって、閉塞感に苛まれるのを緩める、緩衝材の働きがあります
努力や向上の考えばかりだと、社会は激しい競争社会に見舞われて、うつ病患者や自殺者などが増えていってしまう傾向があるため、たまには息抜きしてみようと言う思想でしょう
人間は長い長い生命のサイクルを生きているのですが、ずっと山道を歩き続けていると疲れが溜まって倒れてしまうこともあるので、たまには道端に腰を下ろして、周りの風景を楽しむことも必要だよっと教えてくれているのだと思います
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