これまで何度も、ホルムズ海峡封鎖をきっかけに日本でも物不足や物価高騰、食糧危機が訪れると書いてきました。
その記事に対して、こんな声が届くようになりました。
「石油なら他の国からも買えるのだから、煽りすぎではないか」
「中東以外の代替先を増やせば、それで済む話だろう」
確かに、原油だけに限れば、米国産シェール、ロシア、ノルウェー、ブラジル、アルジェリアなど、産地の選択肢はあります。
サウジアラビアもUAEも、ホルムズ海峡を迂回するルートを持っています。
ところが、現実はそれほど単純ではないのです。
ホルムズ海峡を通って日本やアジアに届いていたのは、原油だけではありません。
原油の代替先だけを議論して話を終えてしまうと、その背後にある四つの見えない依存が、まるごと視界から抜け落ちてしまいます。
今日は、その依存の中身を一つずつ確かめていきたいと思います。
サウジ・UAEの迂回ルートだけでは二〜三割程度しか賄えない
まず、原油そのものについても代替には限界があります。
ホルムズ海峡を通過していた原油・石油製品は、日量およそ二千万バレルにのぼります。
これに対し、サウジアラビアの東西パイプラインと、UAEのフジャイラ向けパイプラインを使って海峡を迂回できる実際の代替余力は、合計でも日量三百五十万から五百五十万バレル程度にとどまると見られています。
つまり、もとの二〜三割程度しか裏ルートでは流せない計算です。
しかも、サウジのヤンブー方面も攻撃対象となりました。
一方で、UAEのフジャイラでは攻撃による火災や停止が報じられています。
迂回路があるから安心、とは到底言えない状況なのです。
ナフサが消えれば、プラスチックも医療用品も止まる
ここからが、原油代替の議論では絶対に解けない問題です。
ナフサという石油製品があります。
原油を精製する過程で得られる軽質油で、エチレンやプロピレンを作る出発原料です。
プラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、接着剤、医療用カテーテル、注射器、輸液バッグ。
私たちの暮らしを支える素材のほとんどが、このナフサから生まれます。
そして、日本のナフサの状況はかなり深刻です。
日本のナフサ供給の約六割は輸入に依存しており、その輸入分の約六割が中東由来です。
総供給ベースで見ても、約四割が中東由来という計算になります。
しかも備蓄義務がないため、製品在庫だけを見れば余裕は大きくありません。
ただし、代替輸入や国内精製を組み合わせれば、当面の供給を支える余地はあるとされています。
残りは国産ですが、その原料の原油も中東依存が大きいため、結局は同じ供給源にぶら下がっている構造です。
「米国から原油を買えば代替できるのでは」と思われるかもしれません。
ところが、原油からどれだけナフサが取れるかは、原油の性状や製油所の構成によって変わります。
原油を増やしても、ナフサがすぐに同じ割合で増えるわけではないのです。
実際、UAEのルワイスやクウェートの主要製油所などへの攻撃が報じられており、仮に海峡が今すぐ再開したとしても、中東からのナフサ供給はしばらく不安定さを残すと見られています。
紅海ルートに乗せられない、石油化学製品の壁
もう一つ、原油代替論で見落とされやすい事実があります。
サウジアラビア、UAE、カタール、クウェートは、安価な天然ガスと原油を使って、世界有数の石油化学製品の生産拠点になっています。
サウジのSABIC、UAEのBorouge、カタールのQAPCOといった巨大企業が、ポリエチレンやポリプロピレンの樹脂ペレット、メタノール、アンモニア、アルミニウムを大量に輸出しています。
これらの石油化学製品の生産拠点は、湾岸側に集中しています。
サウジが持つ紅海側ヤンブーへの東西パイプラインは原油向けであり、固形の樹脂や肥料、アルミニウムインゴットを送ることはできません。
樹脂ペレットや肥料はバルク船やコンテナ船で運ぶしかなく、生産工場ごと紅海側へ移すことなど現実的にあり得ない話です。
迂回しようがない、というのが正確な表現になります。
「原油は別ルートで調達できる」という議論が、石油化学製品にはまったく当てはまらない理由がここにあります。
LNGは構造的に迂回できない
電気代・ガス代に直結するLNGは、もっと深刻です。
カタールが輸出するLNGの約九三%、UAEが輸出するLNGの約九六%が、ホルムズ海峡を通過しています。
両国合計で世界のLNG貿易量のおよそ二割。これだけのボリュームに、迂回手段はほとんどありません。
理由は単純です。
LNGはマイナス一六二度に冷却して液化し、特殊な低温タンクに積んで運ぶ必要があります。
原油のようにパイプラインで陸路を回すという選択肢は、技術的にも経済的にも成立しません。
そのカタールの最大の生産拠点ラスラファンは、三月に攻撃を受けて大きな被害が出て、操業停止やフォースマジュール対応が起きました。
世界供給の約二割を担うカタール産LNGに、大きな支障が出たのです。
日本のLNG在庫は数百万トン規模あり、単純計算では当面の緩衝材にはなります。
ただし、不足分を世界中の電力会社・ガス会社がスポット市場で取り合えば、価格は跳ね上がります。
実際、三月にはアジアのLNGスポット価格が二倍前後、あるいはそれ以上の水準まで急騰しました。
肥料が消えれば、食料がいずれ消える
最後に、最もゆっくりと進行している危機について書きます。
化学肥料です。
ホルムズ海峡は、世界で取引される肥料の約三割を運んでいます。
湾岸地域は尿素やアンモニアの大供給地であり、その輸送が止まれば影響は世界の農地に広がります。
これらの肥料はカタールやサウジアラビアの天然ガスを原料に作られ、その大半がホルムズ海峡を抜けて世界の農地へ運ばれていました。
日本にとっても他人事ではありません。
日本の尿素は中東より、むしろマレーシア産が中心です。
しかし中東依存だった国々が一斉に他地域へ切り替えに走れば、マレーシア産を含む代替調達先の価格も急騰するのは必然です。
連鎖の形で、日本の農家にも値上げの波が押し寄せている状況です。
肥料が高くなれば、農家は使う量を減らさざるを得ない。
すると収穫量が落ち、食料価格は一年から二年後にもっと深刻な形で跳ね返ります。
すでに世界の窒素指数は、二〇二二年以来の高水準に達しました。
それだけでなく、日本の畜産農家が輸入する米国産の飼料農家は深刻な肥料不足と高騰を受けています。
それが進行すると、飼料が手に入らなくなったり、値段が高騰したりで、日本の畜産も大きな打撃を受けることとなります。
「他所から買える」で済まないものに、目を凝らす
この記事で伝えたかったのは、危機を煽ることではありません。
物事の依存関係に丁寧に視線を向けることが、いまの時代を生きる人にとって最も大切な姿勢になる、という一点です。
私たちが普段口にする食料、毎朝触れるプラスチック容器、暮らしを温める電気とガス。
そのどれもが、地球の反対側にある一つの細い海峡を通って届いていました。
これは陰謀でも誇張でもなく、ただ事実です。
そして、原油という分かりやすい一品目だけを見ていると、その背後で同じ海峡を通っていたナフサ、樹脂、LNG、肥料という、目に映りにくい四つの依存を見落としてしまいます。
哲学者ヘーゲルは、自分が生きる時代の課題を、その時代の渦中で完全に意識することの難しさを語りました。
私たちが当たり前だと感じてきた快適な暮らしも、実は何によって支えられていたのか。
平時には、私たちは決してそれを直視しようとしません。
霊的な視点から見れば、これは魂が成熟するために用意された問いでもあります。
豊かさを当たり前と感じてきた時代が、ゆっくりと終わろうとしている。
だからこそ、私たち一人ひとりが見えない支えに気づき、感謝し、自分の足元を整えていく時です。
不安を煽るためではなく、現実を冷静に見据え、しかし内側の灯火を消さずに歩いていくために、いま日々の暮らしの中でできることをいくつか挙げておきます。
- カセットボンベ、停電時のためのモバイルバッテリーを複数本確保しておく
- ホームセンターで小さなプランター栽培を始め、自給の感覚を取り戻す
- 家族や近所と「もしもの時にどう動くか」を、軽い会話で共有しておく
- ニュースを表面で受け取らず、依存の連鎖までを想像する習慣をつける
- 不安が大きくなった日は、五分だけ落ち着いて座り、内側の安らぎに戻る
備えることと、心の平安を保つことは、矛盾しません。
むしろ落ち着いて備える人ほど、いざという時に取り乱さず、家族や周囲の人を支える側に回れます。
この春、私たちは確かに大きな転換点に立っています。
しかし、暗くなる必要はありません。
見えていなかったものに気づくたび、魂はひとつ深い位置へ降りていきます。
それが、この時代に生まれてきた一人ひとりに用意された、ささやかな贈り物なのだと私は感じています。


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