けれど、私はその発表が出る前から、空気の質が変わっていることを感じていました。
心のざわめきは、いつも数字よりも先にやってきます。
今日は、データの裏側にある「もうひとつの知らせ」について、私の感じてきたままを書いておきたいと思います。
地震調査委員会が伝えた、ひとつの懸念
地震調査委員会は、4月20日に三陸沖で発生したマグニチュード7.7の地震について、5月14日に新しい評価を公表しました。震央の東側で小さな揺れが活発になり、プレート境界では「スロースリップ」と呼ばれるゆっくりとした滑りが加速している、というのが要点です。
2011年の東日本大震災の前にも、まったく同じパターンで本震の出発点に向かってゆっくりした滑りが進んでいました。
1994年の三陸はるか沖地震から、すでに30年以上が経過しています。
数字の上でも、地球のリズムの上でも、三陸沖は「もう一度動いてもおかしくない時期」に入っているのです。
東日本大震災の前、人の心がざわめいた
私は今でも、2011年の3月ごろの空気を、はっきりと覚えています。東日本沖での小さな地震や、イルカの座礁のニュースを見て、心の中に焦燥感のようなものを感じていました。
そのときの私には、どれほどの規模の災害となるのか分かりませんでした。
ただ、魂が無意識のうちに何か深刻な事態が起こることを先に受け取っているのだろう、と感じていました。
3月11日を境に、それらの感覚はすべて、別の重みを持って思い返されることになります。
スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは、人の心の奥には「集合的無意識」と呼ばれる、人類が共有する深い層があると説きました。
大地が大きく動こうとするとき、その振動はまず、私たち一人ひとりの無意識を通って、夢や気分や直感としてあらわれてくるのです。
海は、ずっと私たちに話しかけてきた
岩手の詩人、宮沢賢治は「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識し、これに応じて行くことである」と書きました。賢治が生きた東北の地は、何度も津波に襲われた場所でもあります。
彼は地震や津波を、ただの自然災害として見ていませんでした。
宇宙と地球と人間が、ひとつの生命としてつながっていることを、誰よりも深く感じていた人だったのです。
プレートが滑るというのは、地球の側からすれば「呼吸」のようなものでしょう。
大きく吐く前に、小さな息が何度も漏れていきます。
その小さな息のひとつひとつを、私たち人間が「地震」と呼んでいるだけなのかもしれません。
スロースリップの加速という知らせは、地球が「次の呼吸の準備をしている」という合図に近いと、私は受け取っています。
怖れではなく、識別力で受け取る
ここで大切なのは、恐怖に飲まれないことです。霊的な視点で予兆を語るのは、不安を煽るためではありません。
むしろ逆で、「いつ来てもおかしくない」と腹をくくることで、来たときに落ち着いていられるための準備なのです。
仏教では「無常」という言葉で、この世のすべてが移ろうことを教えてきました。
大地もまた、無常の中にあります。
無常を恐れて怯えるのではなく、無常を前提として一日一日を丁寧に生きる。
これが、霊的な識別力を持って生きる、ということなのだと思います。
ざわめきを感じている方は、どうか自分の感覚を否定しないでください。
「気のせいだ」と押し込めるほど、その違和感はかえって体の奥に溜まっていきます。
感じたものは感じたまま受け取って、「ありがとう、覚えておくよ」と心の中で答えてあげる。
それだけで、不思議と落ち着きが戻ってきます。
今日からできる、五つの整え方
具体的に、私が日々おすすめしているのは次の五つです。1. 心のざわめきを、まず認める
夢や直感、胸騒ぎを、ノートに一行だけでも書き留めてみてください。書くことで、感覚は整理され、過剰な不安に育つことが少なくなります。
2. 月に一度、物理的な備えを見直す
水、簡単な食料、モバイルバッテリー、ラジオ、ヘッドライト、家族の連絡手段。これを月に一度、家族で確認するだけで、いざというときの判断力がまったく違ってきます。
3. 家族と「合流場所」を決めておく
通信が途絶えたときに、どこで会うか。これを一度決めておくだけで、不安の半分は消えます。
4. 東北の海と魂たちに、静かに祈る
あの場所には、まだ帰りきれていない魂もおられます。私たちが手を合わせ、温かい光を送ることは、地球の側にも、向こう側にも届きます。
5. 自分の中の柱を、毎日整える
朝晩の数分、深呼吸をして、自分の真ん中に光を灯すイメージを持ってください。外側で何が起きても揺らがない柱は、こうした静かな積み重ねから育っていきます。
地球とともに、魂の準備を整えていく
地震は、来てほしくありません。誰もがそう願います。
しかし、来るときは来ます。
これは、日本という土地に生きる以上、避けられない約束のようなものです。
予兆を読むということは、未来を当てることではなく、「いつ来てもおかしくないのだ」と腹をくくることに近いのです。
腹がくくれていれば、来ても落ち着いていられます。
来なければ、それでいい。
どちらに転んでも、自分の中の柱は揺らぎません。
三陸沖の海が、もう一度静かに警鐘を鳴らしています。
科学のデータも、人々の感覚的なざわめきも、同じ方向を指しています。
怖がりすぎず、けれど侮らず、毎日を丁寧に生きていきましょう。
そして、東北の海と、その地に生きるすべての方々へ、心からの祈りを届けたいと思います。
あなたの中の光は、必ず、地球の光と響き合っています。
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