2016年9月10日土曜日

アセンションの真実 終末論と循環の思想


アセンションの情報として2012年の12月22日(21日、23日説もあり)をもって、人類の終末が訪れるという説があります


こうした終末論は過去にも何度も言われ、その都度何事も無く過ぎ去ってきたわけですが、その思想的背景についても考えてみたいと思います

従来の世界宗教の思想を俯瞰して見ますと、この世(現世)以外に死後に赴く世界としてあの世(来世)が共通して説かれているわけですが、それは現世へのとらわれを否定し、精神性を重視する考えがありますので、現世について否定的な思いが出てきます
終末論がいつの時代にも現れるのは現世を否定的にとらえる思想が根底にあります

ですから終末を語る人達には、こんなひどい世の中はいつか無くなってしまうんだ、という思いがどこかに潜んでいるわけです
ユダヤ教やイスラム教、初期キリスト教では輪廻を認める宗派もありましたが、時代とともに迫害されたりで無くなっていきました
その原因として思想面から検討すると、終末論と輪廻思想が相容れないためで、思想は不純物を嫌い排除しようとするので、終末論の立場を取る宗教では時がたつと輪廻を否定するようになったと考えられます

終末論の立場の歴史観、世界観はゼロの地点から終点へと向かう直線的なもので、西洋の思想に根強く残っています
マルクスの思想等もそうです
マルクスは歴史は階段をのぼるように直線的に進み、最終段階である共産主義へと到達すると考えています

一方の輪廻思想の根付いた地域での歴史観、世界観は循環する水のようにとらえ、栄枯盛衰を繰り返し、四季のように繰り返される世界として世界を見ます
東洋ではそうした循環しているととらえる思想が主流で、輪廻の考えが定着しているのもリンクしていると思います
物事はすべて誕生→成長→成熟→死のプロセスがありますがまた死から誕生が繋がり循環していくわけです
日本では一年で四季を経験しますが、春を誕生の時期、夏を成長の時期、収穫の秋を成熟の時期、冬を死の時期に当てはめることができると思います
西洋では現世を否定する考えから終末論が出てくると述べましたが、東洋では現世を否定する考えから悟りを得れば輪廻から解脱して無になるという考えが出てきたものと思います

このように大別すると終末論の思想と循環の思想があるのではないかと思います

西洋では歴史を直線的に見て終点へと向かうと考えられており、西洋思想の流れの底流には今でも強く残っています

そして東洋文明では循環しているとする思想がありますが、日本などでも西洋文明の影響からか終末論的な考えも出てきたりします

それでは実際のところはどうなのかとわたしなりに考えてみますと、世界は循環しながら絶えず変化のうちにあると思えます
誕生→成長→成熟→死のプロセスを体験しながら全く同じということはなく変化をも経験していっています
一年で四季を経験しますが全く同じということはなく、何らかの変化があります
循環しながら絶えず変化を重ねていっているのが世界の真の姿だと思います


マヤ暦、終末の日とアセンション


今日は2012年12月21日で、マヤの古代カレンダーを元にして終末論で人類滅亡が言われている日となります
(この記事は2012年12月21日に書いたもの。他に22日説、23日説もあり)

終末論やアセンションについては以前に書いたことがあります

もちろん終末が訪れることはないですが、なぜそうした世の終わりを告げる思想が何度も発生するのか、前回の記事とは別な角度から書いてみます

人間が肉体を持って生まれてきたときに、本能として生存欲を持ちます

ですので、肉体の危機が訪れようとすることを事前に考えて回避しようとする反応が備わっています

終末論はそうした人間が持つ生存欲を刺激して人々の注目を集めます

人類が滅んでしまう危機が訪れると言われると、皆さん関心を持って聞くわけですね

多くのスピリチュアルリーダーや妄想癖の人たちがそうした方法で注目を集め、自分の考えをみんなに聞いてほしいと思ってなしています

もちろん、本人は本気で考えて言っているのかも知れませんが、潜在意識では、人々の注目を集めたい、もっと人々に認められたいという願望があります

もうひとつの潜在願望としては、自分が認められないような世の中はおかしい、このような世界は滅んで当然だという破壊願望も潜んでいるものと思います

スピの世界だけではなく、たとえばマスコミなどもよく人々を恐怖心で煽り、不安に陥れるような情報を流します

マスコミも人々の注目を集めて、人気を得ることで視聴率が上がったり発行部数が上がるので、そういう方法をよくとります

恐怖心や不安などの人間の持つネガティブな側面を刺激して扇動する方法は、ネガティブな存在もよくつかいます

人々を恐怖心で縛ると意のままに操ることができるからです

ですからあまり終末論などには情緒的に惑わされず、客観的に判断していくことがよいですね

では、そうした人々を怖がらせるような恐怖の予知がすべて悪いかと言われればそうでもなく、役立つ面もあるのです

それは危機を事前に察知して、回避するための危機意識を高める面があります

ニュースで怖い情報が流れますけど、たとえば振り込め詐欺などの情報を聞いて、事前に意識していたので、いざ自分がそうした事態になったときにこれは詐欺だなと気づくことがあります

また、地震や津波の起こる可能性を地域ごとに%でTVであらわして、それを見たら%の高い地域に住む方は不安に思うでしょうが、それによって事前に予防のための手立てを打って、耐震補修をするなどしたら、いざそうしたことが起こったときに助かるということもあるのです

終末論などは論外としても、危機を察知し、事前に予防することはよい面として認められると思います

こうした終末論が外れると、批判する人も増えてきます

間違ったものを批判するのは当然で、世迷いごとが消えて世の中がよくなるではないかと思われるかも知れませんが、こちらも極端に排他的になりすぎるとおかしくなります

中世ヨーロッパでは魔女狩りが横行していました

魔女狩りというのは、霊能者とか、不思議な能力があると思われる者を、悪魔と通じているとして、拷問して殺してしまったのです

魔女狩りのために多くの方が亡くなりました

このように自分の考えや、世の中の常識と違うことを言い出す人間を許さないという風潮が蔓延すると、魔女狩りのような暗黒の世界が訪れるのです

ですので、正当な批判をするのはよいことですが、あまりに行き過ぎた排他的で人の批判ばかりしている人間もおかしくなっていきます

こちらも、自分の意見は正しいのに人々は違う者の意見ばかり聞いている、自分を認めてほしい、もっと多くの人が自分の意見を聞いてほしい、という、終末論者と同様な潜在願望が実はあるのです

このように非現実的な妄想に入り込んでしまったり、排他的で批判的となりすぎる場合も、どちらも極端に振れると道から外れるのです

お釈迦様は修行者は中道が大事だと言われていますが、人間はどうしてもどちらかの極端にぶれやすいので、警告をしているのでしょう

あまり極端に揺れ動くことなく中道を心がけて生きたいですね

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2 件のコメント:

  1. とても興味深く拝見させていただきました。まさに創造と破壊、エネルギー保存の法則とエントロピー。栄枯盛衰。昨今の終末論とアセンションブームをいかに解釈すべきか苦慮していましたが、少しだけ理解が進んだ気がします。人体を構成する個々の細胞が、常に変化し新しいものに入れ替わっているように、一見何も変わってないように見えるものでも実は日々変化している。それが生きているということなのではないのかと思っています。
    アセンションという概念が今ひとつわかりませんが、生きているということそのものが、大なり小なり、それぞれのレベルでのアセンションのプロセスなのではないか?と思うのですが、間違っているかもしれません。
    例えアセンションできなくても、まっとうに生きたいです。考える種を与えていただき感謝です。

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  2. こういう世界を素敵に表現してくれるサイトに嬉しく思い、気持ちをそのまま何通かメールしてしまい 我が出過ぎたなと反省。 今の私の課題でもあります! 想いを発する事、自粛します! やんばるより 誠意を込めて(*^^*)/~~~ 謝謝❗

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