2019年1月13日日曜日

愛が苦しみに転じる時

人を愛することをこのブログではよく書いています

他人に愛を与えたら、その分はやがて自らに返ってきます



世の中に愛を与える人が増えたなら、世の中はそれだけ明るくなると述べました

しかし世の中を見ていると、愛によって苦しみを生み出していることも多くあります

たとえば親が子供のためを思って言う事も、子供にとっては自分を束縛するように感じ反発することもあります

男女間でも、相手を愛していると、その人が別な人と仲良くしていると嫉妬して苦しくなるでしょう

愛しているほど、相手が浮気などをした時の苦しみは、一段と辛いものとなります

また話題となるストーカーなども、相手を一方的に愛して執着するがゆえに起こる出来事です

こうした苦しみを生み出す愛には、相手を束縛しようとする愛があります

たとえば子供を将来はこうしたいという、親の都合によって、厳しくしつけたり、束縛を強くしてしまうことがあります

子供は親の期待の応えたいという思いもあり、自分自身の自我の確立もありますから、両者のせめぎあいで苦しむこととなります

親の束縛の中で生きていると、子供はいつまでも自立できずに、籠の中で飼われる小鳥のようになります

子供が成長するにつれて苦しみも増していきますが、親もまた苦しみを生んでいきます

親はいつまでも子供を手元に置いておき、コントロール下に置いておきたいと望む者ですが、子供は自分で自由にしたい、自立し自分の考えで選択したいと望みますからそこで葛藤が生まれます

反抗期が起こるというのはそうした時で、子供が親の束縛から離れようとする働きです

そのように束縛する愛は、だんだんと苦しみを生んでいくものです

結婚できない人の場合にも、親の束縛が強くて出来ない場合があります

親の拘束下にある場合には、他人と結婚することが出来ず、親の束縛を脱することが出来てから、人とは結婚できるようになります

そのように愛が苦しみを生むときには、そこに相手への束縛の気持ちが強くなっていないかを考えみましょう

お釈迦様が執着は苦しみのもとだと教えられたように、相手への束縛も執着となり、お互いの苦しみを生み出していることがあります

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