朝、東の空が明るくなって、最初の光が部屋に差し込んでくる。あの光に向かって、私たちは特別な手続きをしません。お礼を言わなくても、何かを差し出さなくても、太陽はただ昇り、ただ照らしてくれます。私は神仏の思いというものを考えるとき、いつもこの太陽の姿を思い浮かべます。太陽は惜しみなく光を降り注ぎ、地上の生き物を生かし、育み、力を与えています。誰かを選んだり、見返りを数えたりしません。そうやって無償の想いで私たちを生かしてくれているもの、それが神仏の愛であり、心なのだろうと思うのです。
では、その愛と同調するとはどういうことか。今日はそのことを、いっしょにゆっくり見つめてみたいと思います。
太陽は見返りを求めない
太陽の光を浴びている植物のことを想像してみてください。芽を出したばかりの小さな草も、何百年も立つ大樹も、太陽は分けへだてなく照らします。育ちの早い木をひいきしたり、枯れかけた草を見捨てたりしません。光はただ、そこにあるものすべてに注がれていきます。
神仏の愛も、これと同じ性質を持っていると私は感じています。私たちが立派だから愛されるのではなく、何かをやり遂げたから祝福されるのでもありません。ただ生きている、ただここにいる。それだけで、すでに光は届いているのです。うまくいかない日も、心がくじけている日も、その光が止まることはない。神仏の慈悲によって生かされているというのは、そういう静かで確かな支えのことを指しているのだと思います。
そして、この光を受け取った私たちには、自然と一つの願いが芽生えます。自分が受け取ったものを、今度は自分のまわりの人へ手渡していきたい、という願いです。
勇気を分けることが愛になる
無償の愛と言うと、何か大きなことをしなければならない気がしてしまうかもしれません。けれど、そうではありません。出会った人に、ほんの少し勇気を分けること。やる気や希望を渡すこと。気持ちが沈んでいる人のとなりにいて、もう一度立ち上がる力をそっと添えること。それで十分なのです。
たとえば、職場で失敗して落ち込んでいる後輩がいたとします。あなたが「大丈夫、ここからやり直せるよ」と一言かける。それは小さな言葉ですが、相手の心に光を一筋通す行為です。電車で疲れた顔をしている人に席をゆずる。子どもの話を、急がず最後まで聞いてあげる。こうした何気ない場面にこそ、太陽のような愛は宿ります。相手が良くなることを願って動く、その心の向きそのものが愛なのだと思います。
執着は愛の顔をしてやってくる
ここで一つ、気をつけたいことがあります。相手を縛ること、自分の思い通りに動かそうとすること、これを愛と呼んではいけない、ということです。
難しいのは、執着がしばしば愛の顔をしてやってくる点です。「あなたのためを思って」という言葉の裏に、自分の望む結果を相手に押しつける気持ちが隠れていることがあります。子どもに自分の夢を背負わせる。恋人を自分の予定どおりに縛る。良かれと思って始めたことが、いつのまにか相手をこちらの形にはめ込む行為に変わってしまう。それは愛ではなく、執着であり、我欲です。
見分け方は、案外はっきりしています。相手が自分の思い通りにならなかったとき、心がざわつき、不満や怒りがわいてくるなら、それは見返りを求めていた証拠です。太陽は植物が思うように育たなくても、光を引っ込めて怒ったりしません。愛は、相手の自由をそのまま尊重します。執着は、相手の自由を自分の手元に引き寄せようとします。この違いを覚えておくと、自分の心の動きに気づきやすくなります。
同調するとはどう生きることか
神仏の愛と同調するとは、特別な修行をすることではありません。日々の暮らしの中で、見返りを求めずに相手の幸せを願う、その向きで一つずつ行動を選んでいくことです。
誰かに何かをしたとき、お返しを期待している自分に気づいたら、その期待をそっと手放してみる。相手が自分とは違う道を選んだとき、引き止めずに、その人の幸せを祈って見送る。こうした小さな選択を重ねるたびに、私たちの心は少しずつ太陽の性質に近づいていきます。神仏のように完全になれなくてもいい。光のほうを向いて、今日できることを一つ手渡す。その繰り返しが、神仏の愛と同調する道なのだと私は思います。
今日からできること
一つ、朝の光を受け取る。窓辺で数十秒、太陽の光を顔に浴びてみてください。何の手続きもなく与えられているものに気づくことが、すべての始まりになります。
一つ、一日に一度、勇気を分ける。身近な誰かに励ましの言葉を一つかけてみてください。小さな一言が、相手の心に光を通します。
一つ、見返りを期待した自分に気づく。何かをしてあげたあと、お返しを待っている心が動いたら、その期待をそっと手放してみてください。
一つ、相手の自由を尊重する。家族や恋人が自分と違う選択をしたとき、縛らずに、その人の幸せを願って見送ってみてください。
一つ、寝る前に今日の光をふり返る。今日、自分が誰かに何を手渡せたかを思い出してください。小さな一つで十分です。それが明日へ続いていきます。
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