親が子供を傷つけ、ときには取り返しのつかない事態にまで至ってしまうという痛ましい知らせが、いまも繰り返し伝えられています。どうしてこのようなことが、後を絶たないのでしょうか。心を痛めながらも、その奥にあるものを霊的な視点から見つめてみたいと思います。
そこには、社会のなかに溜まっていったストレスが、もっとも力の弱い立場である子供へと向けられてしまうという、悲しい事実が横たわっています。表に見えている出来事の背後で、目には見えない重たいものが少しずつ流れ込んでいるのです。
ストレスは弱い立場へと流れていく
世の中には、さまざまなストレスがあります。たとえば会社に勤めていれば、仕事の失敗を上司から責められることもあるでしょう。すると責められた人は、今度は立場の弱い取引先の担当者へと、そのストレスをぶつけてしまうかもしれません。
その担当者は、受けとめきれなかった重たい思いを家庭に持ち帰り、家族にあたって発散しようとすることがあります。そしてその思いを受けた側が、さらに子供へと八つ当たりをして、抱えきれないものを手放そうとしてしまう場合があるのです。
このように、上の立場にいる人から、だんだんと弱い立場の人へと、ストレスは順々に回っていきます。そして最終的にいちばん弱い立場である子供のところまで届いてしまい、虐待という形にまで進んでしまうことがあるのです。
もちろん、たいていの親は、子供を守り、あたたかく包もうと働きます。けれどもなかには、立場の弱い子供へと自分のストレスを押しつけてしまう人もいる、ということなのです。ここには善悪を断罪する以前に、流れに飲み込まれてしまった人間の弱さがあるように感じられます。
ストレスを生むのは競争の原理
それでは、そのストレスはそもそもどこから生まれてくるのでしょうか。それは、社会のなかで働いている競争の原理から生じてきます。
競争が働くことで、世の中は発展し、進歩していきます。競争とは、世の中を前へと進める力であり、人々がよりよい人生を送るために欠かせないものであり、私たち自身が成長していくためにも大切な原理です。ですからそれは、私たちの幸せにもつながっています。
しかしその一方で、競争はどうしてもストレスを生み出してしまいます。発展という光のかたわらに、軋轢という影が生まれてしまうのです。だからこそ、そのストレスを減らしていくための、もうひとつの原理が存在しています。
愛が足りないことが、真の課題
ストレスを減らしていくもの、それが愛の原理です。世の中で相手を労り、愛情を向けることによって、競争から生まれた軋轢としてのストレスは、少しずつ世の中から減っていきます。
ところが今の世界では、求められている愛の量よりも、実際に供給されている愛の量のほうが、圧倒的に少なくなっています。そのために社会にはさまざまな問題が噴き出してきて、子供をめぐる痛ましい出来事も増えていくのです。
これは決して他人ごとではありません。私たちが社会に生み出しているストレスの量と、生み出している愛の量とが、釣り合っていないからこそ起こっていることなのです。相手を叱ったり、厳しく指導したりすることは、どうしても必要になるときもあります。けれども、そうしてストレスを生んだぶんは、それ以上に人へ愛情を注いでいかなくてはなりません。
そうすることで、世の中のストレスは少しずつ減り、愛の量が増えていきます。地球全体をとりまくストレスの量よりも、愛の量のほうが上回ってくるならば、さまざまな社会問題は解消へと向かっていくでしょう。
私たちの地球には、まだ求められるだけの愛が供給されていません。それこそが、社会問題の根底に横たわる、本当の課題となっています。問題は遠い誰かのものではなく、一人ひとりの人間が発している思いに、深く関わっているのです。だからこそ、今日の自分の心が放つひとつの思いやりが、見えないところで世界を支える力になっていきます。
親子の痛みの霊的な背景は、家族・親子のカルマ完全ガイドのなかでもそっと触れています。
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