嘲笑というのは、人の欠点や弱点を捉えてあざ笑う事を言います
もちろん笑いには、相手を愛する思いから出ることもあります
相手への愛情や好意によって笑う事もあるでしょう
ですが他人の心を傷つけてしまう嘲笑という笑いもあります
ネットでは匿名をいいことに、人の事をあざけったり、嘲笑する書き込みも多くあります
こうした行為は、あまり罪の意識なくおこなわれ、それほど悪い事だとは当人は思っていないことが多いでしょう
しかし眠れる予言者エドガー・ケイシーは、転生における嘲笑の罪を述べています
ケイシーが病気の方を霊的に見て、その原因を探るリーディングと呼ばれるものがありますが、その中で「嘲笑の罪」と言われる、嘲笑によって生じたカルマについて述べています
36歳のときに小児麻痺で歩行不能となった女性へのリーディングでは、「この人は(過去世のローマ時代)、闘技場で足が悪くなったものに嘲笑をあびせかけた」と説明しました
そして別な小児麻痺で身体が不自由になった女性は「この人は(過去世のローマ時代)人間と人間との闘い、人間と猛獣との闘いを特等席で眺めた。現在彼女が受けている肉体的苦悩の大部分は、当時、命がけで戦う人々の悲惨な状態を見て笑ったその嘲笑に原因がある」と語ります
つまり前世において人の苦しんでいる姿や、欠点などを嘲笑した事により、今世は身体が不自由となって生まれてきたと述べています
もちろん小児麻痺の方がみなさんそうしたカルマを背負っているわけではなく、人々に健康のありがたさを伝えるためにあえて不自由な身体で生まれることを選ばれた魂の方もいらっしゃいます
ひとの病やカルマを見てそれをあざけるなら、その人も嘲笑の罪を犯すこととなるでしょう
上記で紹介した事例は、ケイシーを扱った書の「転生の秘密」に述べられていました
子供時代は他の子を見て、太っていたらブタだとか言って笑ったり、見た目であだ名をつけて笑いものにすることも多いでしょう
それらは他人が言われたらどれだけ傷つくのか、人の気持ちを学んでいく過程で、いずれ無くなっていくべきものでしょう
それが大人になっても未だに学べないとなると、罪になっていきます
上記にあげたネットでの匿名性を利用して、嘲笑したりからかったりする書き込みも多くなっていると思います
テレビにおいても、芸能人の中には、人の欠点を笑いものにする人もいますので、その影響もあって蔓延しているように思います
嘲笑というのは大きな罪であることを知って、私たちは気を付けていかなくてはなりません
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