2018年5月7日月曜日

本当のカルマの意味とは?人生の課題と人の縁に秘められた仕組み


人の縁に秘められた仕組み カルマ



カルマについてどのような具体例があるかをいくつか書いて見ます


越智啓子さんの書籍であったと思いますが、出典は失念してしまいました

過去世において侍をしていて刀で人を傷つけてしまった方が、今世では外科医として人助けをしている話しを書いていました

同じように人を切るという行為は一緒ですが、前世では人を傷つけてしまい、今世では刀をメスに変えて人助けをしているということですね

このようにシチュエーションとして同じような状況が現れて、それをプラスに反転させることでカルマの刈り取りをしていると思えます

私の見た例では、例えば前世において同じ男性を取り合う女性どうしのライバルであった方が、今世は嫁と姑として生まれ合わせることがあります

そのような状況にあって、仲良くしあえるのか、それとも過去世とおなじように競争心で仲たがいしあうのかを試されているのでしょう

かつては敵同士であった者同士が、今世では仲間として協力し合い、助け合う姿もあります

ある大人数のアイドルグループを拝見していても、かつては敵同士で戦いあっていた人同士が、今回は同じグループで協力し合っているのを感じます

家庭や職場でのご縁も、そうして過去世での繋がりが生んだものであり、時には敵同士であった人々や、あるいは愛する間柄であった者たちが、もう一度出会うために仕組まれた劇場のようなものでもあります

生きているうちに秘められていたテーマは、あの世に帰ってから紐解かれることとなるのです



カルマ(業)とは?どのように返るか


前世からのカルマなどと言われることもありますが、どのよううな形で現れてくるものか考えてみます

近代アメリカの眠れる預言者として有名なエドガー・ケイシーがライフリーディングした事例に下記のようなものがあります

幼い頃に小児麻痺にかかり、背中が丸くなってしまった女性をリーディングしたところ、この女性は過去世において、ローマ時代のコロッセオで、人間同士の戦いや人と猛獣の戦いを観戦して、負傷した人を見て嘲笑したことがあったと言います

人の苦しみをあざ笑ったことで、今度は自分が嘲笑される立場になったと述べています

他人の苦しみに気を向けず、嘲笑ってさらに傷つけてしまうような行為が、次には自らが同じような状況に置かれると言うことがあるのです

これは一見すると罰のように思われますが、単なる罰というのではなく、自らの課題の克服としてあえて選んで生まれてきているところがあるようです

何日か前の記事で、あの世では、他人を傷つけた言葉や行為を、相手の立場になって受けるということを述べましたが、あの世に戻ると、そうした人を傷つけた言葉や行為を、深く自覚し、良心の呵責に苦しむと言うことがあります

そうしたさいに、自らを許せなくて、あえて相手と同じような経験をすることを選んで生まれることがあるのです

例えば、前世において人を傷つけてしまい、相手の手が不自由になったとします

それをあの世に帰って深く後悔し、今度は自らが手が不自由に生まれたり、あるいは事故にあって不自由になるなどがあります

このように、カルマというのは自らに課して生まれてくる、人生の課題といえます




先祖のカルマ受け継ぐことはある?



親や血筋の者などの、ご先祖様のカルマを受け継ぐことはあるか?という質問がありました

これについては幾つかのケースがあるでしょうが、今回は一つのケースを取り上げてみます

ご先祖様が、何か人の恨むを買うことをしていて、それが子孫にまで向かうというケースです

ご先祖さまが恨みをかってしまっているケースでは、たとえば、ご先祖様が役人で税などを取り立てる役をしていたとします

村人からしっかりと税を徴収するのが役目なので、情け容赦なく税を徴収していて、村人から恨まれたりすることがあります

それが、今世の子孫にも、恨みの念がいくらか飛んできているケースなどです

子孫もそうした家系であることを知っていて生まれてきています

その場合は、子孫も前世で人に恨みをかうような行為をしていて、そのカルマの刈り取りをするために生まれてきていることもありますし、ご先祖様と同じような性質を持っていて、人に高圧的にあたるタイプの人で、そのことを反省し、修正するためにあえて生まれているケースもあります

あるいは、以前に記事に書いたことがあるのですが、宇宙から来た魂の中には、そうした家系の負の遺産を解消するために生まれてきた魂もあります

家系で続く負の連鎖を打ち消すために、あえて過酷な環境に生まれることもあるのですが、実際に地球での修業は想像以上に厳しく、打ち消せずにいることも多いでしょう

闇を打ち消すために降り立った、光の仲間たちが、地球で苦しんでいるケースは多々あります

ですが、忘れてはならないことがあります

あなたたちは光を地上にもたらす為に生まれてきた魂であり、勇気ある光の仲間であるという事を思い出してください

光を灯し続けていれば、いずれ闇は消えていきます

光に勝てる闇は無いのですから



過去世でのカルマは今世で刈り取るのか?



アンケートにあった質問で「過去世でやり残したカルマの刈り取りは今世あるのでしょうか?」というものです

結論から申し上げると、必ずしも次の転生でカルマを刈り取るわけではなく、その次や、さらに次の転生など、未来において刈り取る場合があります

ですのでカルマから逃れることは出来ませんが、しばらく時間を空けて、猶予期間を経て刈り取りを行う場合があるということです

そのものの魂が、報いを受けるだけの器がないと判断されたり、かえって魂が悪くなってしまうと思われる場合は、しばらく魂の成長を見てから試練として与えられる場合があるということです

またカルマと言えば悪いことばかりを思い浮かべますが、よい行いのカルマというのもあって、人に対してよいことを行ったことが、次の転生で人から助けられたりなど、よい結果をもたらすことがあります

ですので周りの人が悪い人ばかりに見えて、誰も助けてくれないなど思っている人は、ご自身が人の為にどれだけの助けとなってきたかを思い返すのもよいでしょう

たいていは自分のことばかり考えて、人には何もしてやらない人に限って、他人が悪い人ばかりに見えたり、自分が被害者だとかんじることがあります

人に為した行いは、いつか自らに返ってくるのですね

それとカルマの問題で取り上げてみますのは、共業といって集団に対して共通で働く業というのがあります

たとえば日本人であれば、同じく日本人としてカルマを共有しているところがあって、国民全体で間違った方向へ向かえば、その報いは国民全体が享受することとなります



先祖のカルマは子孫が背負う?



Q、魂は、グループソウルの仲間と共に人間世界で何度も生まれ変わっていることはよく理解できています。質問は、例えは親や祖父の作ったカルマは、グループソウルである子供や孫が背負うこともあるのでしょうか?


A、まず、質問では親子がグループソウルとされているようですが、実際の定義はグループソウルというのは魂の家族を指すのであって、肉親の親子などをさすものではありません

肉体の両親であっても子供とは魂は別で、あの世に帰ると魂の家族が別にいます

肉体先祖はグループソウルとは呼びませんが、質問にあるように、先祖のカルマを子孫たちもある程度背負うことがあります

それは偶然ではなくて、この世に生まれるときに、この家系のカルマの中に生まれてきた方が魂の学びになると考えて、ある程度自覚して生まれてくるわけです



手術で体を切るのは前世で人を傷つけたから?



Q、帝王切開 前世と調べたらこちらにたどり着きました。手術や帝王切開など、身体にメスを入れた人は前世で人を殺めたり、傷をつけたからというのを聞きました。本当でしょうか?

A、手術をした人間がすべて前世で人を傷つけたカルマによるかというとそんなことはないでしょう

なかには前世で人を切りつけたために、同じ個所にメスが入るということもあるでしょうが、すべてではありません

逆の状況として、前世で人を切って傷つけたカルマから、今世では外科医となって人を切って助ける仕事をしている場合もあります

人を切る行為は同じなのですが、傷つけてしまう行為と、助ける行為で真逆の意味になるのですね

現在は医学が進歩していますので、昔であれば亡くなっていた人も、手術を受けることで助かったり、体がよくなることがおきますので、多くの方がメスが入るようなことが起こりやすくなっています

帝王切開で出産するなども、昔であれば死産であったり、母体の安全も危ぶまれる状況になっていたと思いますが、現在ではお腹を切って安全に生まれられるようになったということです



前世を知るとカルマが噴き出す?



Q、洪さんいつも更新ありがとうございます。質問です!前世を知るとカルマが噴き出すので良くないと聞きますが、前世を知ることが運命だということはありますか?

A、まず前世を知るとカルマが噴き出すなどということはありません

カルマとはそういうものではなくて、知っていなくても作用するのがカルマです

このカルマは、前世のカルマが今世に出てくるだけではなくて、あの世でカルマを刈り取ることが多いでしょう

この世での報いは、あの世で返ることが多く、人に対して、良きことをなした分より、不快にさせたり、苦しめた分が多い場合は、霊界で厳しい状況が待っています

また、この世に生きている間に、カルマが返る部分もあります

ですがすべてがこの世で返ることはないです

この世で返っていない分は、あの世に帰ってから清算しなければならないでしょう

そしてあの世で清算できない分や、魂の学習として必要なものは、来世で生まれ変わってから、戻ってくる部分があります

ただストレートに来世に現れるのではなく、次の生では封印されていて、その先の転生で出てくるということがあるようです

その魂が、学びとして受け入れる、状況としてよいときに現れるということがあります



カルマはどのようにかえってくるか



前世で地位の高い立場にあった人が、悪い影響を与えることが多く生きたときに、来世では身分の低い立場に生まれてカルマの刈り取りをするのではないのか?という疑問を持つ人もいるようです

実際には、前世で多くの人に影響力を持つ立場に生きた人は、今世でも同じく、広い影響力を持つことが多いです

それは善悪とは関係なく、その人の魂の持つ力が、人々への影響力となって現れるからです

たとえば、ヒトラーと呼ばれる悪名高い人物でも、過去世においても、政治的なリーダーをしていたことがあります

それは彼の魂が、人々を引き付けたり、多大な影響力を与える力を、長年の転生ので持ってきたからです

このように過去で高い地位になった者が、悪事をしても、来世でまた、高い地位を得るのはおかしいではないかと考えるのは、地位の高い立場や、影響力の強い立場にいることが幸せだという誤解から生まれているでしょう

実際には人の幸せと地位とは関係なく、人々に知られない立場の人でも幸せな人はいて、逆に高い地位にある人は、不幸なことも多いのです

たとえば、最近話題となった、格安旅行会社が破たんして、社長が糾弾されていました

社長は責任者として、多くの人に迷惑をかけたということで、まるで犯罪者のように責め立てられています

これも、この会社が大きくなって、影響力が大きくなったからこそ、その反動も強くなってしまいます

それが一般の従業員であれば、これほど矢面にたたされて糾弾されることは無いでしょう

そのように、他から見ているのでは分からない苦しみというのを、地位の高い人は受けなくてはなりません

そしてこれが重要なことですが、因果の法則であるカルマは、地上での生で受けるだけではなく、その多くが亡くなった後の世界・あの世で報いを受けるということです

この世的な地位の上下だけで見るのは、地上的な見方であり、魂の本来の世界は、あの世の世界ですので、あの世での生き方がとても重要なのです

地上での生活というのは、あの世から見てみれば、一種の演劇をしているもので、ある人は平民の役を演じて、あるものは身分の高い役を演じたりします

どのような身分の役を演じるかで不平不満を漏らしているのは、真実の観点からすれば、ズレた見方と言えるでしょう

あの世においては、暗く荒々しい世界に、地位や身分の高い者たちも大勢落ちていきます

地上で肩書などを誇て、人を見下していたような人は、そうした暗い世界に落ちて、同じようなもの同士で集まり、プライドを傷つけたり、傷つけられたりしながら、苦しみの世界を繰り返しています

一方で、地上では無名の人生を生きた人が、溢れる光の世界に帰られて、高級霊の祝福を受け、幸福感に満たされて暮らし続けることがあります

ですので、地上でのありようばかりでは、因果は完結せず、あの世の世界があって、因果の理法は完結するのです

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