あなたの心の奥には、まだ芽を出していない一粒の種子が眠っています。
それは植物の種子のように小さく、ふだんは目に見えません。
けれども、その種子はたしかに存在します。
私はそれを神性と呼んでいます。
どれほど自分を平凡だと感じている人の中にも、神性の種子は最初から埋められています。
例外はありません。
種子は、暗いところに閉じこもったままでは、いっこうに芽を出しません。
放置しているだけでは、土の下で眠り続けるだけです。
けれども、栄養を与え、水をやり、光を当てれば、種子は静かに動き始めます。
適正に育てていけば、やがて綺麗な花を咲かせます。
その花は、見る者を幸せにします。
今日はこの「育てる」という一点について、私の考えをお伝えします。
神性の種子は、どんな人にも宿っている
神性というと、聖人や特別な修行者だけが持つもののように思われがちです。
そうではありません。
神性は、生まれたときから、すべての人間のうちに分け隔てなく埋められています。
あなたがこれまでどんな道を歩いてきたとしても、その種子が失われることはありません。
過ちを重ねた人の中にも、自信を持てずにいる人の中にも、種子は変わらず残っています。
まずこの事実を、どうか信じてください。
自分には何もないと感じる日があったとしても、土の下には確かに芽吹きを待つものがあるのです。
暗闇に放置された種子は芽生えません。大切に育ててこそ、やがて大輪の花を咲かせます。
花が咲かないのは、神仏のせいではない
私たちには自由意志が与えられています。
その種子をどのように育てるかは、一人ひとりに任されています。
水をやるのも、光を当てるのも、自分自身の手で行うことです。
ですから、もし神性の花が開かなかったとしても、それは神仏のせいではありません。
生育を任せられた自分が、水やりをさぼってしまっただけのことです。
これは責める言葉ではありません。
むしろ希望の言葉だと私は思います。
育てる力が自分の手の中にあるなら、今日からでもやり直せるからです。
育てた神性は、まわりの人を幸せにする
大切に育てられた種子は、やがて大輪の花となります。
その花は、咲いた本人だけのものではありません。
近くにいる人が、その花を見て心を和ませます。
あなたの自己実現が、まわりの人を喜ばせるものであってほしい。
自分のためだけに咲く花ではなく、誰かの一日を明るくする花であってほしい。
神性が花開くとは、そういうことだと私は考えています。
自分が満たされ、その満ち足りた光がそのまま周囲を照らしていく。
それが、神性を育てた人の生き方です。
今日からできること
神性を育てる作業は、特別な場所も道具もいりません。
日々の暮らしの中に、種子へ水をやる機会はいくらでもあります。
ここでは五つの実践を挙げておきます。
一つ、朝に一度、自分の中の種子を思い出す。今日も心の奥に神聖な種子があると、静かに認めるところから一日を始めます。
二つ、小さな善い行いを一つ選んで実行する。誰かに席をゆずる、声をかける。その一つひとつが種子への栄養になります。
三つ、自分を責める言葉を、育てる言葉に置き換える。「だめな自分」ではなく「これから育てる自分」。言葉の使い方が水やりそのものです。
四つ、夜に、その日できたことを一つ書き留める。うまくいかなかった日もあるでしょう。それでも一つは見つかります。光を当てる作業です。
五つ、まわりの人の良いところに目を向ける。他人の花を喜べる心は、自分の種子も大きく育てます。
結び
神性の種子は、暗闇に放置しているだけでは芽生えてきません。
けれども、ほんの少しの水と光で、種子は必ず動き始めます。
大きな決意はいりません。
今日できる一つを、明日もまた繰り返すこと。
その積み重ねが、やがて大輪の花になります。
あなたに宿った神聖な種子を、どうか大切に育てていってください。
その花が咲くとき、喜ぶのはあなただけではありません。
あなたのまわりにいる人もまた、その花を見て幸せになるのです。
応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります
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