
※2026年5月2日に加筆・再構成しました。
スピリチュアルな内容を書くときに、はたして自分が書いてもよいのか、正しいものか、過ってしまわないか、などの疑問を抱くことがあります。
はたして自分が書くことが正しいかどうか、真に人のためになるのかについて、自信がなく、迷うことがあります。
そうしたことをメールで問い合わせてこられた方もいらっしゃいますが、わたしもずっとそれは考え続けています。
「自分に疑いがない」状態が一番危ない
正しさというのは、絶えず探求していかなければならないもので、むしろ自分に疑いもなく慢心してしまうことが怖いです。
世の中には「これぞ偉い神様からのお言葉」とか、「大天使のお告げ」とか、真偽の判断力もなく、ただありがたがって低級霊の惑わしを受けている人も多いように思われます。
ですので、つねに正しさの探求というのは続いていくものと思います。
「これで安心」という終着駅は霊的世界に存在しない
メールで問い合わされた方は「これで安心」というものを望んでいらしたかもしれませんが、霊的な物事に関わる限りは、一生涯探究心はもって、自分を分析していかなければならないでしょう。
これは決して厳しすぎる態度ではなく、目に見えない領域を扱う者にとっての最低限の自衛策です。
「もう自分は分かった」と思った瞬間から、ネガティブな存在は静かに入り込みやすくなります。
探求し続ける姿勢こそが、正しき道のしるし
絶えず正しさを探求し続ける姿勢においては、正しき道を歩んでいるものと思います。
「自分は間違っていない」「自分は偉い存在なのだ」と慢心していくときに、知らず知らずに道を外していくのでしょう。
霊的な発信者として大切にしたい三つの実践
一つ目は、「自分の発信を、定期的に他者の目で見直すこと」です。
信頼できる方に読んでもらい、率直な感想を聞く時間を持ってください。一人で書き続けると視野が狭まりがちです。
二つ目は、「降ろされたメッセージほど、慎重に検証すること」です。
「神様から降りてきた」「大天使からの言葉」と感じるほど、いったん寝かせ、自分の心が静まったあとで読み返してください。
三つ目は、「謙虚さを保つために、学び続けること」です。
古典、聖典、信頼できる先達の書――自分以外の声を継続的に取り入れることで、慢心の芽は自然と摘まれていきます。
真摯な探求者であり続けるために
スピリチュアルの道に終着点はありません。
そしてそれは、「ゴールがない」ということではなく、「歩み続けること自体がすでにゴール」ということなのだと思います。
明日もどうか、ご自身の探究心を、誇らしく、しかし慎ましやかに、抱きしめてくださいますように。
※スピリチュアルについての概要は「スピリチュアルとは? その意味と主要人物」の記事を参照ください。
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