
※2026年5月2日に加筆・再構成しました。
誰かと深く愛し合いながらも、引き裂かれて離れ離れになる――そうした体験は、しばしば一つの人生だけでは終わらず、何世代にもわたって魂に刻まれていくものです。
仏教では、これを「愛別離苦(あいべつりく)」と呼び、人生の四苦八苦のひとつに数えられています。
今日は、私自身の前世で出会った、ある男の子の物語をお伝えします。
ある男の子の物語
早くに父親を亡くして、母親の手で育てられました。
その子供は10歳くらいで母親から離されました。
母親が再婚するために、子供がいては不都合だったからです。
その男の子は、すこし変わった特徴を持っていました。
言葉を話すことがほとんど無く、人とのコミュニケーションがほとんど取れないのです。
母親も、「この子は愛情をあまり感じていないのかもしれない」と考えたため、手放す決意をしました。
言葉にできなかった、母への深い愛情
ですが、その子は、表現が出来なくても、心の中では母親がとてもとても大きなウェートを占めていました。
愛情をうまく表現する能力も無く、伝えることも出来ませんでしたが、男の子の心の中には母親に対する大きな愛情があったのです。
これは現代でいうと、自閉スペクトラム症やコミュニケーション障害など、さまざまに名づけられる繊細な気質を持った方の姿にも、深く重なる物語です。
愛と恨みのあいだで揺れ動いた幼い心
離れて暮らす中でつらい体験をしながら、男の子は、「自分は要らない存在だったのではないか? 生まれてこなければよかったのではないか」と苦悶いたします。
そして深い愛情の裏返しとして、母が自分を見捨てて、男のもとへ走ったことを恨む気持ちももたげました。
同時に、愛する者にそうした恨みを持つことの自分自身への罪悪感と、「自分が犠牲になって母が幸せになればそれでよい」という相反する想いが、心の中を必死に駆け巡ってどうしようもありませんでした。
愛と恨み、罪悪感と自己犠牲――子どもの魂が抱えるには重すぎたもの
こうした感情の渦は、大人でも処理しきれないものです。
ましてやコミュニケーションを取る術も持たない少年が、ひとりで抱え込むには、あまりに重すぎる荷物でした。
そのままの想いを誰にも伝えることが出来ず、彼は心を閉ざすしかなかったのです。
大人になってからの孤独な研究者人生
そして彼は大人になってからも、一人孤独に、自分の好きな研究に打ち込む人生を送りました。
わたしの前世において、孤独な研究家として生涯を過ごしていた人生があるのは知っていましたが、それが何故なのかまでははっきり分かりませんでした。
この男の子の思いを知ることで、幾らかその原因が分かってきたと言えます。
幼少期に深く傷ついた魂は、長じてから人と深く関わることを避け、「孤独の中の研究や創作」に身を投じることが多くあります。
それは決して逃避ではなく、傷ついた魂の「自分なりの治癒の選択」でもあるのです。
男の子が本当に伝えたかったこと
男の子は、母を心から許したかったのだと思います。
母親の痛みを知り、彼女を許し、そして「愛している」と伝えたかった。
きっとそのような思いを残していったのだと思います。
祈り|悲しみを越えて、愛情深き者へ
主よ、どうか私たちの罪をお許しください
悲しみを越えて、愛情深き者となりますように、御導きください
愛別離苦を抱える方への、三つの寄り添い
一つ目は、「言葉にできなかった想いを、いまここで言葉にしてみること」です。
会えない方への手紙を、出さない前提で書いてみてください。書くこと自体が、魂のレベルで届いていきます。
二つ目は、「愛と恨みは矛盾なく同居できると認めること」です。
深く愛していたからこそ恨みも生まれた。それは決して罪ではありません。両方を抱えたまま、優しい自分でいてください。
三つ目は、「ご自身が孤独を選んできた歩みを、誇りに思うこと」です。
一人の時間を大切にしてきたあなたの人生は、傷ついた魂の知恵深い選択でした。
魂は、いつか必ず再会して言葉を交わせます
今世で言葉にできなかった想いも、来世やあの世で必ず伝え合える日が来ます。
明日もどうか、ご自身の中の幼い少年・少女を、優しく抱きしめてあげてくださいますように。
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