人を一目見ただけで、「この人はどんな人だ」と判断してしまう。
誰もが、無自覚にやっているこの作業の中に、実はその人の縁の質を決めてしまう仕組みが隠れています。
他人の魂の物語は、本来、私たちには簡単には見えません。
それでも私たちは、外に現れた印象や行動だけを材料に、相手にレッテルを貼って関わってしまうのです。
今日は、人と人との縁をどう生かしていくかを、ある教師の感動的な物語を入り口に、丁寧にお話ししていきます。
私たちはなぜ、人にレッテルを貼ってしまうのか
人間の思考は、目に映るものを素早く分類して、レッテルを貼ることが得意です。
「この人は感じが悪い」「この人とはうまくやれそう」「あの人は仕事ができないに違いない」「あの人は性格が悪い」
出会って数秒の印象で、相手を一行のラベルにしてしまう。
そうした判断のひとつひとつが、目には見えなくても、その人と自分との縁の質を、少しずつ決めていきます。
しかし、人間の魂には、ひとりひとり、長い長い物語が秘められています。
表面のだらしなさの下に、深い悲しみが眠っているかもしれません。
冷たい言葉の奥に、誰にも言えない傷が残っているかもしれません。
その物語に静かに耳を傾けようとすることが、縁を生かすという行いの始まりなのです。
『縁を生かす』|鈴木秀子先生の伝える物語
そのことを、深く考えさせてくれる物語があります。
br /> 致知出版が出している月刊雑誌「致知」 に掲載されていたお話しで、以前にネットでも話題となったものです
『縁を生かす』
(教師であった鈴木秀子先生から教えてもらい文章化)
その先生が五年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。 勉強もよくでき、将来が楽しみ」
とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
二年生になると、 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。
三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」
後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」
とあり、四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」
先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かれた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
分からないところは教えてあげるから」
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い! きょうはすてきなクリスマスだ」
六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。
そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」
それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、
とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」
十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、
五年生の時に担任してくださった先生です」
そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」
と一行、書き添えられていた。
裁く視線が、慈しむ視線に変わるとき
この物語の中心にあるのは、たった一つの転換点です。
少年の過去の記録を読んだ瞬間、先生の中で「ダメな子」というレッテルが、「深い悲しみを生き抜いている、生身の人間」へと書き換わりました。
そこから先の流れは、外側を変える努力ではなく、見方が変わったところから自然に流れ出していきます。
放課後、声をかける。
勉強を見る。
クリスマスに、ひとつの抱擁を交わす。
どれもが、特別な技術ではありません。
ただ、相手の魂の物語を知った人が、ごく自然に取れた小さな行いの連なりです。
そしてその小さな行いの積み重ねが、ひとりの少年の人生をまるごと救うほどの縁となっていきました。
霊的に見た「縁を生かす」ということ
霊的な視点から申し上げると、ご縁は「与えられるもの」ではなく、「育てるもの」です。
出会いそのものは、過去世から持ち越された約束として、私たちのもとに用意されています。
しかし、その出会いを「ご縁」として開花させるかどうかは、地上のあなたの眼差しに委ねられているのです。
相手の表面の振る舞いだけを見て、レッテルで判断するなら、その縁は閉じたまま終わってしまいます。
反対に、相手の魂の物語に少しでも耳を傾けようとするなら、閉じていたはずの縁の扉が、思いがけない形で開き始めることがあるのです。
今日からできる、縁を生かす一歩
難しいことではありません。
今日、関わる相手の中で、一人だけでよいので、こう問い直してみてください。
「この人の振る舞いの裏側には、どんな物語があるのだろうか」
答えはすぐには見えなくても、問うこと自体が、相手の魂への扉を一枚開ける行為になります。
相手のすべてを理解できなくてもかまいません。
レッテルを貼る前に、ほんの一拍だけ立ち止まる、その間が、あなたと相手の縁の質を、確かに変えていきます。
あなたの人生に縁あって現れた一人ひとりは、決して偶然の人ではありません。
それぞれが、長い物語を抱えてあなたのもとへ訪れてきた、大切な魂です。
どうか今日も、相手の物語に静かに耳を澄ませながら、ご自身の縁を、温かく生かしていってください。

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