2019年12月3日火曜日

被災地で幽霊に遭遇する話

東日本大震災では一万五千人以上の方々が亡くなられました

そして被災地では幽霊にあったという話が多く聞かれたそうです



現代では霊的な事を信じる人は減っておりますが、こうした現場では実際に体験し、リアルに感じられることが多々あったのでしょう

霊体験を記した書物も複数出版されています

東北学院大学震災記録プロジェクト・金菱清(ゼミナール)編『呼び覚まされる霊性の震災学――3・11 生と死のはざまで』(新曜社・2016年)
宇田川敬介『震災後の不思議な話――三陸の〈怪談〉』(飛鳥新社・2016年)
奥野修司『魂でもいいからそばにいて――3・11後の霊体験を聞く』(新潮社・2017年)
リチャード・ロイド・バリー(濱野大道訳)『津波の霊たち――3・11 死と生の物語』(早川書房)

今日は、そのなかで幾つかの話しを紹介してみたいと思います

石巻市でタクシードライバーをしている方が、駅前で30代頃の女性客を乗せました

その女性は夏にもかかわらずコートを着ていました

ドライバーが行き先を尋ねると、津波に集落ごと流されたところでした

「コートは暑くないですか?」と聞くと、「私は死んだのですか?」と答える声がします

あわててバックミラーを覗いてみると、後部座席にはだれも坐っていませんでした


ある女性が被災地で炊き出しをしていて、地元に住むAさんと話をしながら、おにぎりを握っていたそうです

女性がトイレに立って帰ってくると、Aさんの姿が見えません

近くの人に尋ねてみると『いるわけないよ。だってAさんは津波で流されたんだから』と言われました


子供を亡くされた母親が、仏壇にその子の名を呼びながら『お食事しようね』と言いました

するとその子供が生前気に入っていた自動車の玩具が、ひとりでに電気が付き動きだしました

まるでその子が返事をしたかのようでした


男性の彼女が津波に流されてしまい、遺体を探し回りました

結局、遺体は見つからず、携帯電話だけが発見されます

ある日、何となく携帯を耳に当てていると亡くなった彼女の声で『私のこと毎日思ってくれてありがとう』と聞こえました


これらの話しは8年前の東日本大震災での霊体験ですが、もっと古く、明治時代にも明治三陸地震があって大津波が発生し2万人以上の死者を出しました

その時にも幽霊と遭遇する話があって、民俗学者の柳田国男さんが『遠野物語』に紹介しています

原文も味わい深くてよいですが、読みずらいと思いますので、現代語訳で紹介いたします
遠野物語99話 
土淵村の助役・北川清という人の家は字火石にある
代々の山伏で、祖父は正福院といい、学者で著作も多く、村のために尽力した人である
清の弟で福二という人は、海岸の田の浜へ婿に行ったが、先年の大津波に遭って妻と子とを失い、生き残った二人の子と共に元の屋敷の地に小屋を作って一年ほど住んでいた
夏の初めの月夜に、便所に起き出したが、遠く離れた所にあって、行く道も波打つ渚であった
霧の立ちこめる夜であったが、その霧の中から男女二人の者が近寄ってくるので、見れば、女はまさしく亡くなった我が妻であった
思わずその跡をつけて、はるばると船越村の方へ行く岬の洞のある場所まで追ってゆき、名を呼ぶと、振り返ってにこっと笑った
男は、と見れば、これも同じ里の者で、津波で遭難して死んだ者であった
「自分が婿に入る以前に互いに深く心を通わせていたと聞いた男である。今はこの人と夫婦になっている」と言うので、「子供は可愛くはないのか 」と言うと、女は少し顔色を変えて泣いた
死んだ人と会話をしているとは思われず、悲しく情なくなって、足元を見ている間に、男女は再び足早にそこを立ち去り、小浦へ行く道の山陰を回って見えなくなった
追いかけて見たが、ふと「死んだ者だった」と思い出し、夜明けまで路上に立って考え、朝になって帰った
その後、久しく煩っていたという

このように現代でもまた死者の霊である幽霊に遭遇し、霊体験した話は多くあります

私の場合は、親しい人が亡くなると、その時の状況がわかるような夢を見る事があります

震災ではないですが、若くして亡くなられた親戚の人がいましたが、その人が夢に出てきて未だに地上にいるような仕事をしているようでした

後で聞くとその時見た夢と同じ仕事を生前にされていたそうです

私は夢の中で「もう仕事はしなくてよいからご先祖様のところへ行きなさい」っと諭していました

おそらくはまだ死の自覚が無くて、生前の意識のままお仕事をされているつもりだったのでしょう

若くして亡くなったり、突然の事故や災害で亡くなられた人には、自分の死が受け入れられず、自覚できないことも多いかと思われます

そうした霊としての自覚がなく、今だ地上にとどまっている魂を目撃した人が、幽霊に遭遇した体験としてかたられるのでしょう

科学が発達して、霊的な事を信じる人が少なくなっていますが、こうした経験をされることで、実際に人が魂であることを知るきっかけにもなっています

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2 件のコメント:

  1. 無理解からの心ない言動に傷つくことが多く、魂が本来持っている純粋な優しさや愛の思いに触れると涙が止まらなくなります。
    発展しながらも、愛に溢れた平和で調和的な世界になることを心から祈っています。

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  2. 私達はあの世とこの世を永遠に転生輪廻している存在であり、本来あの世といわれる四次元以降の住人であるという事を、この世で生きている間に知っておくといいですよね。知っているとあの世への旅立ちの救済力にもなりますね。

    『人間の本質は魂である』『心しかあの世に持って帰れない』
    いろんな執着を手放してその事を信じ切り、すんなりあの世(魂の故郷)へ還れたらいいなぁ。
    でも、暫く幽霊でいて、残っている家族にちょっとこどもがするようなイタズラもしてみたいなぁ👻☆

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