首里城というと、沖縄の有名な観光スポットになっていて、沖縄に旅行に来られた方には、行かれた人もいらっしゃるのではないでしょうか
かつては琉球を統治する王様の居城としてありましたが、第二次大戦中にアメリカの攻撃を受けて焼失していました
1989年(平成元年)11月から復元作業が進められ、1992年(平成4年)11月2日には開園していました
NHK大河ドラマ「琉球の風」で舞台となったことでも知られています
今回はこうした沖縄を代表する建物が焼失するような出来事が起こって残念でありますが、いったいどのような意味があったのでしょうか?
首里城は日本の他のお城とは異なり、シナ(中国)からの建築技法の影響を受けているといわれています
そして首里城で行われる再現行事では、シナからの使者を歓迎する催しが行われていました
このシナからの使者というのは、当時の琉球王朝におとずれた冊封使のことです
昔のシナでは、貿易をする際に、シナの皇帝を祭り上げて、自分たちは皇帝から王位を認めていただいているという形をとり、品物を献上するとともに、シナから頂くという形式が取られていました
これを今の中国は、冊封したのだから琉球(沖縄)も自分たちの領土だと主張する根拠にしているわけです
もちろん王と認めてもらったというのは形式的なもので、実質は貿易を行っていなにすぎませんが、そうした言いがかりの根拠にもされるところがあります
つまり首里城はかつての琉球とシナ(中国)との繋がりを象徴するような建物でもあったわけです
何度か私も行ったことがありますが、やはり中国からの観光客も多かったように思われます
こうした象徴的な建物が、今回は全焼してしまったわけです
香港で起こっている民主化デモについて言及した時にも、その前からチベットやウイグルでの弾圧を述べた時にも、これは対岸の火事ではなく、やがて沖縄に、そして本土へと飛び火するものだと何度も警告していました
今回の火災を見る限り、そうしたことを知らせる象徴になっているように感じられてなりません
現沖縄知事の玉城デニー氏は、アメリカ軍を追い出して、中国と仲良くする方向に進んでいますが、それは沖縄を次の香港やウイグルのようにしてしまう事を意味します
首里城火災は、香港やウイグルで起こってることが対岸の火事ではなく、沖縄も中国による危機が迫っている事を象徴する出来事であったと思います

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』