光の遮られた者は、加護を得られずに、さらなる闇へと降りていきます。
光の射さないのは光のせいではなく、煤や灰にて心を曇らせた人間の責任です。
日々謙虚に己を見つめ、悔い改めて窓を磨くなら、光はさしこんでまいります。
窓を磨くとはいかなることか。
日々ひとりにて静かに座し、自らの至らなさ、こころに思った過ちを悔い、許しを求めることです。
そして日常の生活において時々刻々こころに去来する思いを見つめ、正しき思いかを守護する者と対話しなさい。
「私は守護する者の姿など見たことが無い、声など聞こえない」と特殊なことのように思われるかもしれません。
守護する者の声を聞くとは、自らの良心の声を聞くということです。
何も特別なことでも、特殊な能力のある者だけが行うことでもありません。
自らのエゴをおいて、公平なる視点から、良心の声ははたしてどのような言葉を投げかけるだろうかと考えてください。
彼らはたえずあなた方に助言し、援けようと声をからして訴えておりますが、あなた方が聞く耳待たなければ、無力となってしまうのです。
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