宗教はなぜ必要なのか?

2022年7月20日水曜日

宗教 神仏


安倍首相の殺害を受けて、世間では宗教や霊的なものごとへの風当たりも強くなってきています

本来であれば、犯人はむしろ宗教を否定する人物なので、そちらのほうがどうかと思いますが、関わっていた宗教そのものも、闇が深いものだったので、そちらの方がクローズアップされているのでしょう

そもそもどうして宗教が必要なのか?という疑問に思う人もいるかと思いますので、一緒に考えてみたいと思います

考えるうえで参考になるのは、逆のパターンだとどうなっているかを見るのが良いです

つまり世界には無神論国家というものも存在しています

そうした国では、はたして人々は幸せに暮らせていけるのかを考えてみましょう

地球で無神論国家が広がったのは、マルクスの共産主義があります

マルクスは「宗教はアヘン=麻薬である」と言っていましたので、マルクス主義の国では宗教が否定されました

宗教を信じる自由が無くなり、教会なども閉鎖されていきます

かつてのソ連もそうですし、現在でも中国や北朝鮮、キューバ、ラオス、ベトナムなどがあります

以前は東欧やカンボジアなど、共産主義国家は広まっていましたが、ソ連邦の崩壊によって、その数を減らしています

これらの国で共通してみられるのは、国家が強権で国民を支配し、人の命が軽視される傾向がみられます

本来であればマルクスは虐げられた労働者のために、権力者のいない平等な国である共産主義を唱えていましたが、その理想を実現した国では、強制収容所が出来て、政府に従わない者や、考えが国と会わない者を、収容所送りにしたり、処刑されることが起こりました

たとえば共産主義を唱えたカンボジアのポル・ポト派によって、都市の住民らを農村に強制移住させ、強制労働や拷問、虐殺を繰り返したとされます

そして 病気や餓死を含め人口の2~3割にあたる約170万人が犠牲になったとされています

スターリン下のソ連時代にも多くの人が粛清されたと言われ、秘密警察に捕まったり、密告で逮捕されるなどして、数千万人が収容され、多くの人が処刑されています

現在でも、中国などはイスラム教の信仰を持つウイグル人を捕まえ、強制収容所に入れて、拷問や洗脳を繰り返して棄教させ、信仰する者を迫害しています

何故、無宗教、無神論国家では、こうした人権弾圧と迫害が共通して起こるのでしょうか?

それは偶然ではなくて、無宗教国家に共通して現れる事象だと思われます

どうしてかと言えば、神仏や霊的なものを否定する思想からは、人間の尊厳は生まれないからです

人間もただの肉体だけの存在だと考えれば、それは機械と何ら変わらないものと思われてしまいます

機械が故障すれば破棄されるように、国にとって不必要な者は、修理されたり(=拷問や洗脳)、破棄される(=殺される)のです

宗教を信じる人物は、国にとっては脅威となりますので、権力者からすればそれは無い方がよい存在です

かつての中国でも、黄巾の乱や太平天国の乱などがありましたが、これらは宗教を信じた人が集まって、腐敗した政治への抗議の運動です

そのように、宗教には、政治が腐敗したり、間違った方向に歩もうとしたときに、それを正す力ともなります

多くの人が信じる事で、そこで民主的な力となり、世の中を正す力ともなるのです

権力者からすれば、それは自分たちの地位を脅かす力ですので、なるべく大人しくさせておくか、徹底的に弾圧を加えるかのどちらかになります

日本の歴史では、比較的宗教には寛容でしたが、豊臣時代から徳川の世になる頃に、キリスト教を迫害する時代が起こります

むろん、その背景には、欧米列強がキリスト教を利用して、植民地支配を広める先鋒として利用していた事があったといわれます

キリスト教を国内でも広めてしまえば、その後に欧米が介入してきて、やがては日本も他の国のように植民地化される恐れがあるとされてきたのです

ただ、それには一部誇張もあって、実際には織田信長の時代から、すでに日本では鉄砲などの生産が自国で大量に行われていて、当時は世界一の鉄砲保持数を誇っていたと言われています

ですので、織豊時代を見れば、欧米と言えども、日本侵略は無理だったのが分かります

欧米からの侵略を阻止するためというのは、ひとつの口実であり、実際には当時は軍事的脅威はそれほどであり、実際の理由としては、異国の宗教に心理的抵抗があったこと、島原の乱など、政治的な脅威となる事が、キリスト教を禁止した理由だと思われます

今まで馴染みの無かった教えが広がる事に、従来の仏教や神道を信じていた当時の権力者が、抵抗を感じるのも無理のないところではあります

そして、織田信長も比叡山焼き討ちを行いましたが、それだけ民衆の支持を受けた宗教勢力が台頭すると、政治的な脅威となる事が実感として当時の権力者は分かっていたのです

実際にキリスト教徒を中心に、反乱を起こした島原の乱なども起きましたので、それが続くことを恐れて、キリスト教禁止と、弾圧に動いたのです

当時は教えを捨てない者は、拷問され、殺されました

社会の授業でも、踏み絵を迫られたという話がありましたが、そのようにキリスト教徒を見つけ出しては、徹底的に弾圧をおこなったのです

見つかった信者は、煮えたぎる熱湯に漬けられたり、当時もっとも残酷だとされた穴吊りにされて、すぐに死なないように長時間苦しめられて殺されました

このような徹底的な弾圧も、結局のところ、民衆が団結し、権力者に歯向かうのを恐れての事です

宗教というのは本来、人々に支持されたものが広まっていきますので、民主主義のもとにあるものなのです

そのため、宗教は民衆の意見を代弁する機関でもあります

政治が間違った方向に行こうとしたり、民衆を苦しめるような政治が行われた時には、宗教が立ち上がってきたのです

先ほど、無宗教国家がどうして人権を軽視するのかの理由を述べましたが、宗教が必要とされる理由には、そこから人間の尊厳が生まれて来るからです

教えはいろいろあるでしょうが、人間は肉体だけの存在ではなく、魂を持っているとか、あるいは神性を宿している、仏性を持っているなど、何かしら、人間は単なる物では無いと教えます

それ故に、宗教からは人間の尊厳が発生してくるわけです

無神論、唯物論の考えで言えば、たとえば「体が弱って、働けなくなり、生産出来なくなった高齢者などは、壊れた機械と同じだから、スクラップにしてしまえ」という考えも出てきます

生まれつき障害を持っている者も、無用な存在だとされてくるでしょう

以前に日本でも、障碍者施設に押し入り、多くの方を殺害するという悲惨な出来事が起こりました

その犯人もまた、同じような思想を持っています

このように唯物論や無神論からは、人間の尊厳というものは生まれてこないのです

これが国家と繋がると、権力者が対抗勢力となる宗教などが無くなると、歯止めも効かなくなって、暴走してしまう原因となります

もちろん、宗教の中には、人間の尊厳をかえって貶めるものや、洗脳を用いたり暴力を使って教団を拡大するところもありますので、そうしたものはおかしいでしょう

悪い教団もあるからと言って、宗教をすべて同じように見たり、宗教の存在意義を分からずにいては、産湯とともに赤ちゃんを流す事になります

人が神仏を尊ぶ姿勢は否定してはならないものです

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