いま世界は新型コロナウイルスの拡散によって、肉体の目には見えないモノへの恐れが広まっています
ウイルスは大変小さなものですから、人間の肉体の目では直接に見る事が出来ません
そうした目に見えぬものに、私たちは恐れを抱いています
それは以前の放射能への恐れが蔓延した事にも通じるでしょう
東日本大震災の時に、原発事故が起こって、人々は目に見えない放射能に怯える日が続いたと思います
目に見えぬものに、私たちは恐れを抱く出来事が続いています
こうした出来事は偶然に引き起こされたのではなくて、何らかの意図が背後に含まれていると思います
私たち現代人は、科学の発達によって、自然を克服して豊かな生活を手に入れているように見えます
しかし、その中には失ったもの、捨ててきたものもあったのではないでしょうか
昔の人々は、身に見えぬ神仏を畏れ敬う心を持っていました
災害や病、事故などが起こらぬよう、神仏に祈り、謙虚に生きてきたところがありました
ですが現代は、科学技術によって、災害を防止したり、病気の治療をし、事故を防止していく事で、神仏や目に見えぬ存在への恐れを無くしていく歴史だったと思います
人類は慢心してしまい、目に見える物だけに関心を向け、霊的な物事への意識を失ってきました
そうしたなかで、放射能やウイルスなど、目に見えぬものの脅威が、私たちに迫っているのです
これには、現代人が目に見えぬものへの恐れを失っていたことを示す出来事だと思います
この地球に肉体をもって生きていけるには、神仏の許可があり、加護があって人類は存在を許されています
その人類が魂の親の存在を忘れて、唯物的に生きていることは、許されることなのか問われています
これらの災害は、科学万能に陥った人類が、もう一度、目に見えぬ存在へのおそれを取り戻す必要がある事を伝えてきているように思います

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』