スピリチュアルに関心のある人でも、神社仏閣によく参拝されるという人でも、この世のご利益ばかり求めている人が多くいます
大金が手に入りますようにとか、好きな人を振り向かせたい、異性にモテたい、出世したい、病気が治りますように、希望の学校や会社に入れるように・・・
そうした諸々の欲を叶えたいとスピリチュアルや神仏にすがっている人も多くいるでしょう
そして楽して欲が叶えられると説くほど、人気を集めていきます
ですが、こうしたこの世での欲を叶えるというものは、危険もそこに潜んでいます
お釈迦様が悟りを開く前に、座って瞑想している時にも、国に帰って王位を継ぐべきだと説く者や、美女が現れて誘惑したりしました
つまりこの世での権力や名誉を得られるとか、異性欲を満たそうとするものが現れたのです
しかし、お釈迦さまはそれを魔の惑わしだと喝破しました
そうして魔の誘惑を退けて、悟りを開かれたのです=降魔成道
イエスさまにも同じような話があります
イエスが断食をしている時に「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」と囁くものが現れます
肉体の欲を叶えさせようとするものです
そして次には、イエスを高い所に連れて行って「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」と言います
これは名誉欲を叶えるものですが、そちらもイエスは退けました
さらに欲の囁き主である悪魔は、イエスをとても高い山に連れて行き、この世の栄華を見せ、「私を拝むなら、この世のすべての栄華や権力を与える」と言います
しかしイエスは「サタンよ、退け」といって誘惑の声の主を退けました
これらの話を少しは聞いた事もあるでしょう
ですが、今現在も、こうした魔の惑わしが人々を誘惑している事実は知らないのです
お釈迦様にしろイエスにしろ、欲を叶えてくれるとする声を魔だと喝破しました
誘惑を退けたことも重要ですが、それが魔の誘惑だと見破った事が重要な箇所です
たとえば神様と称するものの声が聞こえて、「あなたの願いをかなえてあげよう」と言われ実際に叶ったとして、それが魔であるとわかるでしょうか?
ただ願いを叶えさえすれば力のある神様だとして崇めてしまうのが多数でしょう
スピ系でも、楽に願いが叶うとするものは、実は宇宙や神様などではなくて、魔が指導している可能性があります
日本では願いさえ叶えてくれれば神様として崇めることろがありますが、実際には必ずしもそうではないのです
むしろ高次の存在ほど、この世的なものには関心が無く、その人の精神的な成長などを重視するのです
そのため簡単に叶えるよりも、苦労して努力を重ねて手に入れた方が、その人の魂の成長になると思って、あえて厳しい事も指導したりします
そして拝めば利益を与えるが、拝まなくなれば罰を与えるというのもよく聞きます
こうしたものは光の存在ではなくて、たとえ力があったとしても、違ったものなのです
この世の欲や願い、ご利益ばかリ求めていると、そうしたものに通じてしまいますので、注意しましょう
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