ネットを見ていると、自分の不遇や不幸な境遇を、くり返し嘆いている人を見かけます。どれだけ自分がつらいかを語って、せめて分かってほしい。そんな気持ちもあるのでしょう。本当に逃れたくても逃れられず、嘆くしかないこともあると思います。
その苦しさは、決して軽いものではありません。ただ、ひとつだけ知っておいてほしいことがあります。不幸を外に向けて言い続け、周りに「不幸だ」と認めてもらおうとすることは、知らぬ間に、自分自身へ不幸の暗示をかけてしまうのです。
嘆きの言葉は、自分への暗示になる
世間では自己暗示と呼びますが、これは呪いと同じ働きをします。「自分は恵まれなかった」「環境が悪かった」「生まれつきハンディがあった」。言いたいことはいろいろあるでしょう。けれど、それを強調して周りに認められようとするほど、その状況に自分を縛りつけてしまいます。言葉は、思っている以上に現実を形づくるのです。
同情がほしいのか、抜け出したいのか
嘆いている方に、一度だけそっと問いかけたいのです。「あなたは本当にその状況から抜け出したいですか。それとも、不幸を分かってもらい、同情してほしいのですか」と。
どちらが悪いという話ではありません。ただ、もし本当に抜け出したいのなら、嘆きの口をいったん閉じて、抜け出すための一歩を踏み出すほうが近道だ、ということです。嘆き続ける限り、その暗示が自分を縛り、出口が見えなくなってしまいます。
言い訳が、いちばん自分を縛る
こう言うと、「やってもどうせダメだった」と言い訳が返ってくるかもしれません。でも、その言い訳こそが、自分を縛る一番の鎖なのです。言い訳が達者になっても、残念ながら幸せには近づきません。
だからまず、言い訳をそっと脇に置いて、静かに努力を積んでいきましょう。誰かに認めてもらわなくていいのです。自分のために、ひとつだけ動いてみる。
小さな前進が、いつか沼から出してくれる
泥沼の中にいるとき、嘆いているだけでは岸に近づけません。けれど、一歩ずつでも明るいほうへ足を進めれば、足元は確実に変わっていきます。今日できる小さなことを、ひとつだけでいい。
日々前進していけば、ある日ふと、いつの間にか泥沼から抜け出している自分に気づくはずです。あなたは、嘆くために生まれてきたのではありません。少しずつでいいので、自分を縛る言葉を、希望の言葉に変えていってください。
自分で自分にかけてしまう呪いを解く話は生霊・悪霊・憑依から身を守る完全ガイドにもまとめています。


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