まだこのブログを始める前のことです。瞑想をしていると、ふと周りに変わった動物の気配を感じました。イタチのような細長い姿のものが、数匹、私の周りにいるようなのです。
どうもいい感じがせず、悪さをしに来ているようでした。それでお返ししたところ、ある人のイメージが浮かんできたのです。
瞑想中に現れた、イタチのような気配
浮かんだのは、霊能力を持つある方でした。以前、その方に危ういものを感じて、注意したことがあったのです。どうやらそれが癪に障り、私を憎らしく思っていたようでした。本人の霊的な使いの者、つまりあのイタチのような生き物が、代わりに攻撃をしてきていたのでしょう。私が使いの者を返すと、その方は体調を崩し、寝込まれたようでした。
管狐と飯綱使い
日本には昔から、管狐という霊的な生き物がいるとされます。飯綱使いと呼ばれる者が、この管狐を操って、さまざまな不思議な現象を起こすと言われてきました。
管狐はイタチほどの大きさで、普段は竹の管に入っているとされます。私に使いを送ってきた方は、霊的に管狐との縁があったのかもしれません。本人が怒りを向けたとき、それが無意識に発動してしまったのでしょう。
怒りが、霊的な攻撃になる
これは少し変わったケースですが、怒りを向けることで、相手を霊的に攻撃してしまうことがある、という一例です。そして、これは特別な霊能者だけの話ではありません。普通の人でも、知らず知らずのうちに生霊を飛ばしていることがあります。
それが相手の不幸を願うような作用だった場合、本人に自覚はなくても、実は呪っているのと同じことになります。他人の不幸を願ったり、誰かの不幸を喜んだりする思いは、呪いへと通じ、霊的には魔へとつながっていくのです。
与えたものを、私たちは受け取る
そして、呪いはいつか必ず本人に返ってきます。これは脅しではなく、宇宙の法則です。だからこそ、こう言えます。不幸になりたい人は、どうぞ他人を呪ってください。幸せになりたい人は、相手を祝福する心を持つことです。
私たちは、相手に与えたものを、そのまま自分が受け取ります。怒りを放てば怒りが、祝福を放てば祝福が返ってくる。誰かに腹が立ったときこそ、この法則を思い出してみてください。あなたの放つものが、あなたの未来をつくっていきます。
生霊や呪いの仕組みと、心を守る生き方は生霊・悪霊・憑依から身を守る完全ガイドにまとめています。


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