ドイツに生まれ、後にスイスで暮らした作家ヘルマン・ヘッセ。『車輪の下』『デミアン』といった作品を書いた人です。学校になじめず、家を出て、長く心の病とも向き合いながら生きた人でもありました。順風満帆な人生からは遠い。だからこそ彼の言葉には、頭で考えただけのきれいごとではない重さがあります。今日はそのヘッセが残した、ひとつの短い言葉を一緒に読んでいきたいと思います。
救いとはどこか遠くにあるもの、特別な誰かが与えてくれるもの。そんなふうに感じている人は少なくありません。けれどヘッセは、救いはもっと近く、あなた自身の手の中にあると言いました。それも、たった一つだけだと。
ヘルマン・ヘッセの言葉
ヘッセは、こう書いています。
「あなたは深いところで、とてもよく知っています。たった一つの魔法、たった一つの力、たった一つの救いがあることを。それは『愛すること』だということを。あなたの苦しみを愛しなさい。それに抵抗しないこと、それから逃げないこと。苦しいのは、あなたが逃げているからです。それだけです。」
静かな言葉ですが、読み返すほどに芯の強さが伝わってきます。ここでヘッセが言っているのは「愛されること」ではありません。「愛すること」です。私たちはつい、誰かに認められたい、大切にされたい、わかってほしいと願います。その願い自体は自然なものです。でも、もし救いが「愛されること」にあるなら、私たちの幸せはいつも他人の手に握られたままになる。相手が変われば崩れてしまう、たよりない土台です。
救いは「愛すること」の側にある
ヘッセが指し示したのは、その反対側でした。誰かに愛してもらうのを待つのではなく、自分のほうから愛するということ。これは立場を入れ替えただけの話ではありません。愛することは、自分の中から生まれてくる力です。誰の許可もいらない。状況がどうであっても、あなたが選べばその瞬間に始まる。だからヘッセは「たった一つの力」と呼んだのだと思います。奪われない力だからです。
では、何を愛するのか。ヘッセはここで思い切ったことを言います。あなたの苦しみを愛しなさい、と。楽しいことや美しいものを愛するのはたやすい。難しいのは、自分が抱えている悩み、うまくいかない関係、消えない不安、そういうものまで含めて、自分の人生まるごとを受け入れて愛することです。
逃げているから、苦しい
「苦しいのは、あなたが逃げているからです」。この一文に、私は長く立ち止まりました。私たちは苦しみそのものよりも、苦しみから逃げようとする動きのほうで、もっと疲れてしまっているのではないか。そう思ったからです。
たとえば仕事で失敗したとき。本当はこたえているのに「平気だ」と装い、考えないようにし、別のことで気を紛らわせる。その瞬間は楽になった気がします。でも逃げた苦しみは消えていません。心の隅で待っていて、夜にふと顔を出す。逃げ続けるかぎり、それは追いかけてきます。人間関係のもつれも、自分の弱さも、同じです。見ないことにしている間は、ずっと背中の後ろにあり続ける。
受け入れるというのは、我慢して耐えることではありません。苦しんでいる自分を責めず、まずそのまま認めることです。「いま自分はつらいんだな」と、逃げずに横に座ってあげる。不思議なもので、ちゃんと向き合った苦しみは、少しずつ角がとれていきます。抵抗をやめたとき、その経験が何を教えようとしていたのかが、ようやく見えてくる。逃げている間は決して見えなかったものが。
すべては、自分を信じ、自分を愛することから始まります。今のあなたのままで、その一歩は踏み出せます。
今日からできること
一つ、いま逃げている苦しみを、一つだけ紙に書き出す。名前をつけるだけで、向き合う準備ができます。
一つ、つらい自分を責める言葉を、今日はやめてみる。「つらいね」と認める言葉に置き換えてみてください。
一つ、誰かに愛されることではなく、自分から愛せる相手を一人思い浮かべる。家族でも友人でも、その人に小さな親切をしてみる。
一つ、うまくいかない出来事に「これは何を教えにきたのか」と問いかけてみる。答えは急がなくて大丈夫です。
一つ、寝る前に、今日がんばった自分に「よくやったね」と声をかける。自分を愛する練習は、ここから始まります。
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