古い教えのなかに、心の奴隷となることなく心の主となれ、という言葉があります。短い言葉ですが、生きていくうえでとても大切なことを伝えています。ここでいう心とは、私たちを内側から動かしている衝動のことです。自我から生まれてくる食欲、飲酒欲、賭博欲、性欲、睡眠欲、名誉欲。こうした欲が、気づかないうちに私たちの一日を動かしています。
欲だけではありません。怒りや悲しみといった感情にも、私たちは絶えず振り回されています。何かを言われてカッとなる。思い通りにならず落ち込む。そのとき、自分で選んで怒っているのではなく、感情のほうが先に立ち上がって、私たちを引きずっていきます。意識して自覚しない限り、人は衝動に従って動くだけの存在になってしまいます。それはもう、心の主ではなく心の奴隷の状態です。
暴れ馬としての心
私は心というものを、よく一頭の馬にたとえて考えます。心は暴れ馬のように、放っておけば好き勝手に駆け回ります。あちらに草を見つければ走り、こちらで物音がすれば飛び跳ねる。手綱を握る者がいなければ、馬はどこにも向かえず、その場で立ち往生するか、思わぬ方向へ走り去ってしまいます。
けれど、この馬そのものは悪いものではありません。馬には力があります。上手な御者が手綱を握れば、暴れ馬はおとなしい馬となり、人を乗せて目的地まで運んでくれます。同じ馬が、御者しだいで足手まといにもなり、頼もしい相棒にもなる。心もまったく同じです。欲や感情というエネルギーを消し去る必要はありません。それを御して、進みたい方向へ向けてやればよいのです。
まず衝動に気づくこと
心の手綱を握る第一歩は、衝動に気づくことです。御者が馬を御するには、まず馬が今どう動こうとしているかを見ていなければなりません。私たちも同じで、自分のなかに何が起きているかを見ていなければ、御しようがありません。
たとえば、疲れて帰ってきた夜、なんとなくお菓子に手が伸びる。スマートフォンを開いて気づけば一時間が過ぎている。誰かの一言に、思わず強い言葉を返してしまう。こうした場面で、ほんの一拍だけ立ち止まってみてください。今、自分のなかで何が動いているのか。お腹がすいているのか、寂しさを埋めたいのか、それとも疲れて何も考えたくないだけなのか。その動きに名前をつけて見つめるだけで、衝動と自分とのあいだに、わずかなすき間が生まれます。そのすき間こそ、御者が手綱を握る場所です。
手綱を引くということ
気づいたら、次は手綱を引きます。手綱を引くとは、衝動を力ずくでねじ伏せることではありません。馬を強く叩けば、馬はかえって暴れます。手綱を引くとは、自分にやさしく問いかけることです。今この欲に従ったら、自分はどこへ向かうのか。本当に行きたいのはそちらなのか。
怒りが立ち上がったとき、深く息を一つ吸って吐く。その数秒のあいだに、怒りの馬は少し落ち着きます。お菓子に手が伸びたとき、一杯の水を飲んでみる。賭け事や買い物の衝動が来たとき、明日まで待つと自分に約束する。どれも小さなことです。けれど、その小さな一引きを重ねるうちに、馬はだんだんと御者の声を聞くようになります。心を御するとは、一度きりの勝負ではなく、日々の手なずけの積み重ねです。
御してこそ得られる自由
心に振り回されている状態を、自由だと感じる人もいるかもしれません。やりたいことをやっているのだから自由だ、と。けれど、それは本当の自由ではありません。欲が命じるままに動いているなら、私たちは欲の言いなりです。命じられて走らされている馬と変わりません。
本当の自由は、自分で手綱を握っているところにあります。怒りが来ても、怒りに飲み込まれず、どう応えるかを自分で選べる。欲が来ても、従うか待つかを自分で決められる。そのとき初めて、私たちは自分の人生の御者になります。暴れ馬を手なずけた者だけが、行きたい場所へ自分の足で進んでいけます。心を否定するのではなく、心とともに歩む。それが、心の主となるということです。
今日からできること
一つ、衝動に名前をつける。お菓子に手が伸びた、誰かに言い返したくなった。そのとき、今動いているのは何かと心のなかで言葉にしてみてください。
一つ、一拍の間を置く。感情が立ち上がったら、息を一つ吸って吐く。その数秒が、御者として手綱を握り直す時間になります。
一つ、欲には待つと約束する。買いたい、賭けたいと思ったら、明日まで待つと自分に告げる。多くの衝動は、一晩でずいぶん静かになります。
一つ、欲を責めない。暴れ馬を叩けばさらに暴れます。そんな自分を責めず、よしよしと声をかけるつもりで落ち着かせてください。
一つ、向かう先を思い出す。この衝動に従ったら自分はどこへ行くのか。本当に行きたい方向を思い出すたび、馬は少しずつ御者の声を聞くようになります。
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