2018年9月5日水曜日

過去と未来に縛られて霊的源と分離し苦しみを生み出す



ひとは現在に生きながらも、過去と未来に縛られて苦しみを生み出していきます

そのおもなものには「取り越し苦労」と「持ち越し苦労」とがあります



取り越し苦労というのは、まだ起こらない未来のことを考えて、「ああなったら、どうしょう」「こうなったら、どうしょう」と心配が頭の中を占領し、それに苛まれている状況です

持ち越し苦労というのは、「あのときは失敗してしまった。もっとこうすべきだった」とか「以前にも同じような状況で悪いことが起こったから、今度も悪いことが起こるに違いない」など、過去に起こった悪い事や失敗をいつまでもひきずって、今もクヨクヨと考えすぎてしまう事を言います


取り越し苦労は、まだ来ない未来について思い悩むことで、持ち越し苦労は、すでに過ぎ去った過去のことを悩むことを言います

どちらも今ではなく、過去と未来の話しであり、そうした時間の呪縛に捕らわれて苦しんでいます

鶏が地面にひいた一本の線によって、自分が紐で縛られたと思い込んで動けなくなるように、人間も時間の観念から生み出された幻に翻弄されてしまっています

過去はすでに過ぎ去ったことであり、未来はまだ来ない先の話しです

どちらも意識が現在にフォーカスされずに、別な時間に取らわれてしまっているため、苦しみを生み出しています

こうした過去や未来に捕らわれてしまう時には、「今が大事なのだ、意識には今しかない」と思う事です

過ぎ去った過去でもなく、未だ来ぬ未来でもなく、今に意識を集中し、今を生きることが大切です

過去も未来も幻のようなもので、私たちの意識には今しか存在していません

「今」に意識を集中することが必要です

「今日も生涯の一日なり」とは福沢諭吉の言葉です

今日一日を悔いのないように精いっぱい生きようという意味でしょう

今を大切にして満たしていくことで、過去も未来も変えていけます

仏教の禅語には而今(にこん)という言葉があります

過去は過ぎ去った、未来も無い、いまこの瞬間こそが有るのだという意味です

それ故に、過去はもう過ぎたことだからこだわらず、未来は未だ来ないので心配せずに、今を大切に、今この瞬間を生きなさい、一瞬一瞬を大事に生きていこうとする考えですね

新約聖書にもイエスのこんな言葉が載っています

「明日のことを思いわずらうな。明日のことは明日自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」

過去の失敗に捕らわれて苦痛を感じたり、先のことを心配してエネルギーを消費するのはもったいないことです

それらはエネルギーを無駄に消費してしまっています

その精神的エネルギーを現在に向けて使えば、よい方向に仕えるにもかかわらず、過去や未来に向けることで浪費してしまうのです

そうしたネガティブな方向にエネルギーを向けると、同じようなネガティブなエネルギーを引き寄せてしまうため、ますます悪い事態を引き寄せてしまいます

過去や未来に縛られるのは、現在の霊的源との断絶を生んで、意識を孤立させてしまう作用をもたらします

私たちの魂は、普段は気づいていなくとも、本来の霊的な源と繋がっている存在です

現在を失い、過去や未来に意識が捕らわれることで、魂が独房に幽閉さるように、その繋がりが断たれてしまいます

ですので繋がりを回復するためには、「今」へと意識をフォーカスしていきましょう

そのためには、今あることへの感謝をすることです

今この瞬間にも生かされていることに感謝し、意識を集中すれば、霊的源との繋がりも取り戻せるようになてきます

そして今すべきこと、先延ばしにしていたり、手を付けづにいたことに着手することです

いずれやると思ってやっていなかったことや、まだ先に延ばせばよいと思っていたことも、今へと意識を向けて手を付けるべきです

そうすることで「今」への意識は高められてきます


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1 件のコメント:

  1. いつもありがとうございます。
    今回の内容は今まさに私に必要な大事な内容でした。
    未来の不安な事ばかりが頭の中でぐるぐると巡ってしまっていました(>_<)
    現在を意識して感謝しながら過ごしていきたいです!

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