「戦争はいけない」「平和が大切だ」と多くの人が口にします。
その願い自体は尊いものです。
しかし、口で平和を唱えながら、心の中では誰かに怒りを向け、別の集団を憎んでいる人が少なくありません。
私は霊的な世界を学ぶ中で、この矛盾こそが地上から争いが消えない根本の理由だと気づきました。
言葉と思いがちぐはぐであれば、いくら平和を叫んでも、結果としての平和はやってこないのです。
平和を願いながら争いの種を蒔いている私たち
たとえばニュースを見て、ある国の指導者に強い怒りを感じたとします。
あるいは政治家の発言に憤って、SNSで激しい言葉を書き込むこともあるでしょう。
そのとき私たちは「正しい怒り」だと信じています。
しかし霊的な視点で見れば、その怒りは、地上に流れる憎しみのエネルギーをひとつ増やしただけにすぎません。
「平和を願っている」と口で言いながら、心の中で憎悪を燃やしているとき、私たちは知らず知らずのうちに、戦争の種を自分の畑に蒔いているのです。
怒り、憎しみ、傲慢、嫉妬、怨恨、貪欲、不信。
こうした思いは、心の中にあるうちは小さな粒です。
しかし蒔かれた種は必ず芽を出し、やがて争いとなって地上に現れます。
原因と結果という、誰も逃れられない法則
この世界には、原因と結果という揺るぎない法則が働いています。
蒔いた種は刈り取らなければならない。
仏教では因果と呼び、聖書では「人は蒔いた種を刈り取る」と説きます。
名前は違っても、すべての宗教や哲学が同じ真実を指しています。
偉大な天才であっても、平凡な市民であっても、この法則の外には立てません。
愛の種を蒔けば、いつか愛の実が返ってきます。
怒りの種を蒔けば、いつか怒りの実が返ってきます。
個人だけでなく、国や民族の単位でも同じことが起こります。
歴史を見れば、ある国の振る舞いがそのまま百年後の苦しみとして返ってきている例はいくつもあります。
表面の出来事だけを追いかけている人には、それが偶然や運命に見えるでしょう。
しかし、その奥には静かに働く法則があり、ひとつとして例外なく結果を返しているのです。
目に見える物質の背後で働く力に気づく
私たちはふだん、目に見えるものだけを「現実」だと思い込んでいます。
お金や肩書き、健康診断の数値、銀行口座の残高。
たしかにそれらは大切なものです。
しかし、目に見える結果は、目に見えない思いの積み重ねが地上に現れたものにすぎません。
誰かに優しい言葉をかければ、相手の心に小さな灯がともります。
その灯は、まわりまわって、いつか自分が苦しいときに別の誰かの優しさとなって返ってきます。
逆に誰かを傷つける言葉を投げれば、その響きはどこかでまた怒りを呼び、最後には自分自身に戻ってきます。
霊的な世界では、この往復が一生のうちで完結することもあれば、何度かの転生をまたいで結果が返ってくることもあります。
だからこそ「今は逃げ切れた」と感じている悪行も、長い目で見れば必ず帳尻が合うのです。
自由意志と、私たちが負うべき責任
神様は私たちに自由意志を与えてくださいました。
これは大きな贈り物です。
同時に、自分の行いには自分で責任を取るという重みをも引き受けることになります。
自由を正しく使えば、地上に光をともす道へとつながります。
自由を誤って使えば、その代償を自分で支払うことになります。
私はこれまで多くの相談者の人生に触れてきました。
苦しい出来事の背景には、たいてい「自分の自由意志でこちらを選んだ」という地点があります。
そのことを責めたいのではありません。
誰のせいでもなく、自分の選択の結果がいま目の前に現れているのだと理解できたとき、人は初めて、ほんとうの意味で人生を立て直す力を取り戻します。
誰かのせいにしているうちは、状況は変わりません。
自分が蒔いた種だと認めたとき、新しい種を蒔き直す自由がそこから始まるのです。
霊的真理に沿って生きるとは何か
霊的真理にそった生き方とは、特別な修行をすることではありません。
毎日の小さな選択を、愛と誠実さの側に寄せていくことです。
家族との会話、職場でのやり取り、見知らぬ人へのまなざし。
そのひとつひとつに、私たちは思いの種を蒔いています。
怒りが湧いたときに、ひと呼吸置いて言葉を選び直す。
嫉妬を感じたときに、その人の幸せを心の中で祝福してみる。
誰かを責めたくなったときに、自分にも同じ弱さがあったと思い出す。
こうした小さな実践の積み重ねが、自分の周囲をやわらかく変え、やがて地上全体の波動を少しずつ整えていきます。
「自分ひとりが変わったところで世界は変わらない」と感じる方もいるでしょう。
けれども霊的な世界から見れば、ひとつの愛の思いも、ひとつの怒りの思いも、無駄になることはありません。
すべては網のようにつながり、必ずどこかに影響を残します。
祈りと実践が地上を変えていく
地上を平和と幸福で満たしたいと願うなら、まず自分の内側に争いの種を見つけてください。
それは大それたものではないかもしれません。
家族への小さなとげのある言葉、職場で密かに抱える優越感、SNSでつい押してしまう冷たいボタン。
そうしたささいな種を、ひとつずつ抜いていく。
代わりに、感謝、思いやり、赦し、敬意といった種を蒔いていく。
すぐに世界全体が変わるわけではないでしょう。
それでも、あなたが蒔いた愛の種は、地上のどこかで必ず芽を出します。
あなた自身の人生もまた、その芽の恵みを受け取り、少しずつ明るい方向へ整っていくはずです。
戦争のない世界は、政治だけでつくられるものではありません。
一人ひとりの心の畑から始まります。
私はそう信じて、今日もまた自分の内側の種を見つめ直しています。
同じ祈りを持つ人がひとり、またひとりと増えていけば、地上は必ず変わっていくでしょう。
地上を平和と幸福で満たすという視点は、幸福完全ガイドの章のまとめにつながっています。
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