「自然災害は単なる地学現象なのだろうか、それとも何かの意味があるのだろうか」――。
古来から人類が問い続けてきた問いに、現代の私たちはどう答えるでしょうか。
先日、「自然災害に天意はある?」というアンケートの質問をいたしました。
約300件の回答|93.2%が「天意あり」
約三百件の回答で、93.2%の方が「天意はある」と答えていて、かなり多くの方が思われているのがわかりました。
意外なほど多くの方が、災害の背後に何らかの目に見えない意思を感じておられたのです。
古来からの伝統|政治の誤りや徳の不足が天変地異を呼ぶ
昔から災害などの発生の背後には政治の誤りであったり、徳の不足が原因と考えられていました。
実際に政治と連動して災害が起こっているということはこのブログでも何度も述べたことがあります。
中国・日本の古典では「徳のない君主のもとでは天が怒り、地が揺れる」という考え方が広く共有されてきました。これは単なる迷信ではなく、集合的な人心の乱れが、自然のリズムにも影響を及ぼすという深い霊的洞察に基づくものです。
人々の集合想念とネガティブエネルギーの自浄作用
それ以外にも、人々の集合想念としてネガティブなエネルギーの塊が、反作用として自浄作用を引き起こすのではないかとも思われます。
恨み、怒り、嫉妬、絶望といったエネルギーが地球規模で蓄積していくと、地球そのものがそれを洗い流すような形で大きな自然現象を起こすのです。
読者から寄せられた声(要約)
全国の読者の方々から寄せられたコメントの要約:
・「地球が怒っているとしか思えない」(東京・50代男性)
・「地球は苦しくて喘いでいる。本来我々は宇宙の摂理に従って生きるはずだったのに」(北海道・60代男性)
・「人間の意志が一番大切」(沖縄・30代女性)
・「霊格の低い人が多くなった気がする」(大阪・50代男性)
・「天災より人災」(新潟・40代女性)
・「自然に感謝する心を持たない人が増え過ぎた」(東京・40代女性)
・「報道機関の主体にとって他人事ではない事態が必要では」(メディア批判の含意)
共通するのは、「自然と私たちの心のありようは切り離せない」という直感的な確信です。
自然災害を霊的に受け止める三つの実践
一つ目は、「災害のニュースを、ただ怖がるだけで終わらせないこと」です。
「いま、地球は何を伝えようとしているのか」と、ご自身の心で問い直す時間を持ってください。
二つ目は、「日々の感謝と祈りを欠かさないこと」です。
一人ひとりの祈りが集合想念を整え、結果的に自然のリズムにも影響を与えていきます。
三つ目は、「現実の防災と霊的な祈りの両輪を持つこと」です。
祈るだけでは足りず、備えるだけでも足りません。両方が揃って初めて、地球と調和した生き方になります。
地球と私たちは、ひとつの大きな命の中にいます
明日もどうか、ご自身の足元の大地に感謝しながら、できる備えと祈りを淡々と続けてくださいますように。
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