ひとつには因果の理法とか原因結果の法則、因果応報と言われる法則があって、人にした行為は廻りまわって自分に返ってくるとされています
悪い行為をすれば、いずれは自分へとその悪行の報いが返ってくるとする説です
多くは仏教で言われていて、因果応報は仏教では主要なテーマとなっています
普通は世間を見ると悪い人が得をして、善い人が損をする世の中に見えますが、この世だけでなく、来世や未来世まで見ていると、因果の理法は適応されるといえます
この世でわがままいっぱい自分勝手に生きて、人に迷惑ばかりかけていた人は、あの世に帰ってから厳しい世界で修行しなければならなくなったりいたします
あるいは次に生まれて来たときには、人から世話をしてもらえずに生きなくてはならない環境に生まれ合わせるかもしれません
そのように、この世限りで見れば因果応報には見えないかもしれませんが、もっと長い転生の期間を見ていくと因果は完結されることとなります
この因果の理法に応じて、悪いことをすれば相応のバチが当たると考えることもあるでしょう
これが一つで、もう一つべつに考えられるとすれば、神社や仏閣などの神聖な場所では、そこを守っている霊的存在がいますので、不届き者が迷惑な行為をしたりすると、そうした霊存在に怒られて、災難がおこる場合があります
霊域にはたとえば生前にこその神社・仏閣を守られていた方や、大切に思われていた方がいらっしゃいます
そうしたゆかりのある霊人からお叱りを受ける事があるでしょう
そうしたことを罰が当たると表現していたこともあるのでしょう
神様や仏様が直接罰するということは無いかと思いますが、眷族であるとか、縁のある霊存在が怒ることはあります
このように二つの理由でバチが当たると言われることがあるように思います

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