「目の前の楽しみと、未来の安心、どちらを選べばいいのだろう」。
そんな問いを胸の中で繰り返している方は、決して少なくないと思います。
ケーキを食べてしまえば、いまこの瞬間は幸せです。
けれど、その積み重ねが、未来の体と心にぼんやりとした影を落としていきます。
逆に、未来のために我慢を続ければ、いまの自分はずっと不機嫌なまま。
人間が幸せを求める道には、大きく分けて二つの方向があります。
そして実は、そのどちらでもない、第三の道がしずかに用意されているのです。
今日はその三つの生き方を、一緒に見ていきたいと思います。
今の喜びを優先する人の景色
まず一つめは、いまの喜びや快楽を追いかけて生きるタイプの方です。
「今が楽しければそれでいい」という考え方が、行動の真ん中に据えられています。
たとえば目の前に美味しそうなケーキがあれば、迷わず手に取って、そのまま頬張る。
口の中いっぱいに広がる甘さは、たしかにその瞬間の自分を満たしてくれます。
けれど、繰り返していくうちに、体重は少しずつ増えていき、健康診断の数値に影が差し始めます。
同じ構造は、お酒の場面にも当てはまります。
嫌なことを忘れたい夜に、グラスを重ねれば、その晩は確かに気持ちよく眠れるかもしれません。
しかし朝になれば、頭痛と後悔だけがしっかり残っています。
パートナーがいるのに別の人とこっそり交際してしまう方も、同じ図式の中にいます。
いま心地よい興奮を得る代わりに、将来の信頼や家庭の安らぎを担保に入れているのです。
ギャンブルに深くのめり込む方も、同じ場所に立っています。
今この瞬間の高揚感のために、未来の生活そのものを切り売りしている状態です。
快楽の請求書は、必ず後から届く
霊的に見ても、世界はとても律儀にできています。
いま受け取った快楽の分だけ、後から請求書のような形で、別の苦しみが届くようになっているのです。
それは罰のような冷たいものではなく、宇宙の収支を整えるための、ごく自然な働きです。
いま楽しんだ分は、いつか必ず別のかたちで返していくことになる。
その仕組みに早く気づけた方は、ふと立ち止まり、別の生き方を探し始めます。
気づくのが遅れた方は、後年になってまとめて重い荷物を背負うことになりがちです。
もちろん、今の喜びをすべて否定する必要はありません。
魂は、生きる喜びを味わうためにこの世に降りてきている面もあります。
問題は「今の快楽だけ」を生きる構えになってしまうことです。
そのとき人は、未来の自分への思いやりを、すっかり忘れてしまっているのです。
未来の幸せのために、いまを耐える人
二つめは、将来の幸せを見据えて、いまの快楽を抑えるタイプの方です。
目の前に美味しそうなものがあっても、「これを食べたら太るだろう」「将来、病気にならないだろうか」と考えて、そっと手を引っ込めます。
勉強に熱心に取り組む学生さんも、このタイプに入ります。
いい大学に入りたい、希望の職に就きたいという未来の像のために、ゲームや友人との遊びを少しだけ脇に置いておくのです。
スポーツに打ち込む方も同じです。
厳しいトレーニングや日々の練習に耐えるのは、将来訪れるであろう一瞬の喜びを信じているからこそです。
このタイプの方は、いまは多少苦しくとも、長い時間軸で見れば豊かな実りを得ていきます。
成功者と呼ばれる方の多くが、ここに立って人生を歩んできています。
未来を見つめる視線は、その人の選択を確かに高い場所へ押し上げていきます。
ただし、ここにも注意したい落とし穴があります。
未来ばかり見つめる人を、しずかに襲うもの
将来のために今を耐え続ける生き方は、見た目には美しい姿勢です。
けれど、長く続けていくと、ある日ふと自分が空っぽになっていることに気づく瞬間があります。
気がつけば、人生のほとんどが「いつか報われるはず」という未来形の期待ばかりで埋め尽くされている。
今この瞬間を味わうという感覚を、いつのまにか手放してしまっていた。
霊的に言えば、いまここに自分の意識が宿っていない状態です。
魂はいまこの瞬間にしか存在できませんから、未来ばかりを見つめ続ける構えは、自分の魂と少しずつすれ違うことにもつながります。
苦しみに耐え続けてきた末に、いざ目標を手に入れたとき、なぜか心が動かないという虚しさを感じる方は珍しくありません。
欲しかったはずのものを得たのに、満たされない。
そのとき初めて、自分が大切なものを途中で置き忘れてきたことに気づくのです。
好きなことの中に、未来の幸せが芽吹くという道
そこで、もうひとつの道が静かに姿を現します。
それは、いまを楽しみながら、同時にそれが未来の自分にも積み重なっていく、第三の生き方です。
未来のためになることは、たいていの場合、嫌々ながらやることが多いものです。
勉強も、スポーツも、仕事も、訓練も、心のどこかで我慢の気持ちを持ちながら続けています。
しかし、もしもそれを自分が心から好きでやれていて、なおかつ将来の幸せにもつながっていくとしたら。
これほど豊かな生き方は、なかなかありません。
「好きこそものの上手なれ」という古い言葉のとおり、好きでやっていることは上達がとても速い。
嫌々続けている人は、どれほど時間を積み上げても、好きで取り組んでいる人にはなかなか追いつけないのです。
そして好きで続けていることは、不思議と魂の喜びとも響き合っています。
いまその瞬間に喜びを感じながら、同時にそれが未来の成長や成功にもつながっていく。
そういう活動の中にいるとき、人は今と未来の両方を一度に生きています。
嫌な仕事を、好きに育てるという選択
世の中には、嫌々ながら仕事を続けている方が大勢いらっしゃいます。
給料のために仕方なく出社して、終業時間まで時計ばかり気にしている毎日。
その状態では、仕事の質も上がりにくく、何より長い時間を不快な気持ちのまま積み上げていくことになります。
できることなら、自分が心から好きなことを仕事に育てていくのが理想です。
けれど、すぐにそうした道に飛び移れるとは限りませんし、ご家族を支える責任がある方なら、なおさら簡単ではないでしょう。
そんなときは、もう一つの道があります。
いま与えられている仕事の中に、好きになれる小さな部分を見つけていく道です。
同じ作業の中でも、丁寧に取り組めば見えてくる景色は変わります。
誰かに喜んでもらえる瞬間や、自分の手で何かを整える瞬間に、ささやかな喜びの種を見つけてみてください。
好きなものを仕事にする道もあれば、いまの仕事を少しずつ好きに育てていく道もある。
どちらから入っても、最終的にたどり着く景色は同じです。
いまの喜びと、未来の幸せを、両手で抱いて歩く
一度ご自分に問いかけてみてください。
あなたが心から好きでいられるものは、いったい何でしょうか。
もしすぐに思い浮かばないなら、それは大切なものを思い出すための、これからの時間が必要なのかもしれません。
いまの自分を喜ばせることだけに走るのでもなく、未来のためだけに耐え続けるのでもなく、その両方を同時に満たしていく道があります。
いまの喜びは、未来の幸せと敵対するものではありません。
正しく重ね合わせることができれば、両者は一本の線でつながっていきます。
魂の喜びと、地上での実りが、ぴたりと寄り添うとき、人はようやくもっとも幸福な生き方の中に身を置けるのです。
どうかご自分の好きを、もう一度信じてあげてください。
それはあなたが今生で大切に育てると決めてきた、小さな約束の声なのですから。
幸福のタイプ分けと、その先にある第三の道は、幸福完全ガイドの章で並べて見られます。
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