あなたは、自分の持っている力をどれくらい外に出せているでしょうか。多くの人は、ほんとうはもっと大きな可能性を抱えているのに、そのうちのごく一部だけを表して生きています。そしてその状態に、すっかり慣れてしまっています。慣れてしまえば、それが自分の限界のように感じられてくる。低い場所にとどまっていても、不満すら湧いてこなくなります。私はこれを、とても惜しいことだと感じています。
なぜ、そんなことが起きるのでしょうか。理由ははっきりしています。自分自身にしたがうのではなく、世の中の常識や流れ、人の目に流されているからです。自分の内側から聞こえてくる声よりも、外側から届く声のほうを、つい大きく扱ってしまう。そうして本来の力は、出番を待ったまま眠り続けます。
安心という名前で買っているもの
他人から否定されるのではないかという恐れ。一人だけ違う選択をすることへの不安。これらはとても自然な感情です。誰の胸にもあります。そして、この恐れや不安をやわらげる方法として、多くの人は「周りに合わせる」ことを選びます。みんなと同じ進路を選ぶ。みんなと同じ働き方をする。みんなが良いと言うものを良いと言う。そうしていれば、波風は立ちません。確かに、安心は手に入ります。
たとえば、ほんとうはやってみたい仕事があるのに、安定していないからと周りに止められて、無難な道を選んだ人がいます。心の奥が望んでいた表現の方法をあきらめて、人から評価されやすいやり方に乗り換えた人もいます。その選択をした瞬間、たしかに気持ちは少し楽になったはずです。これでもう、誰からも変だとは思われない。一人ぼっちで間違える心配もない。安心は、確かにそこにありました。
でも、よく見てください。その安心は、ただで手に入ったものではありません。代金を払って買ったものです。何を支払ったのか。それは、あなたの自分らしさです。世間の目にしたがうほうが生きやすい、その感覚は本物です。だからこそ多くの人がその道を選びます。けれど、生きやすさと引き換えに、大切な何かを手放していることには、なかなか気づけません。
判断を他人の手に預けたまま
世の中の常識。自分で考えることをしないまま受け継がれてきた習慣。多くの人は、自分の人生にかかわる判断を、こうした外側のものへ預けっぱなしにしています。これが正しいとされているから。みんながそうしているから。そう言いながら、自分の頭で確かめる手間を省いていく。それを長く続けるうちに、何が起こるか。自分が何を望み、何を美しいと感じ、何を許せないと思うのか、その感覚そのものが曇っていきます。大切な自分を、少しずつ見失っていくのです。
ここで、ひとつ大事な区別をしておきたいと思います。手放していくべきものと、大切に守るべきものは、別のものです。手放していくべきなのは、肉体からくる自我のほうです。人より良く見られたい、損をしたくない、傷つきたくない。こうした自我の声は、たしかに私たちを縛ります。これは少しずつ手放していってかまいません。
けれど、神性たる自己は違います。あなたの奥にある、もっと深く清らかな自分。良心と呼んでもいい、たましいの中心と呼んでもいい。これは決して売り渡してはならないものです。世間に合わせるとき、人はしばしば、手放すべき自我を抱えたまま、守るべき神性の自己のほうを差し出してしまいます。順番が逆になっているのです。
飛び立っていく可能性
大切なものを手放してしまうと、その代償は、思いがけない形であらわれます。あなたのもとから、可能性が飛び立っていくのです。本来であればあなたのところに訪れたはずの出会い、ひらめき、流れ。それらは、自分らしさを生きている人のところへ集まってきます。自分を世間に明け渡した人のところには、寄りつきにくくなる。安心を買ったつもりが、未来の選択肢まで一緒に手放していた。そういうことが、静かに起きています。
だからといって、いきなり周りすべてに逆らう必要はありません。私がお伝えしたいのは、もっとささやかなことです。一日のうちの小さな選択を、一つでいいから、自分の良心にしたがって決めてみる。それだけで、眠っていた力は少しずつ目を覚まします。あなたの可能性は、まだあなたのそばにいます。呼び戻すことは、いつからでもできます。
今日からできること
一つ、今日した選択を一つだけ思い返してみる。それは自分の良心が選んだものか、それとも人の目が選んだものか。責めるためではなく、ただ確かめるために見てみてください。
二つ、小さな決めごとを自分の感覚で選ぶ。食べるもの、読むもの、休む時間。誰にも影響しない範囲で、みんなに合わせず自分の心地よさで決めてみましょう。
三つ、否定されるのが怖い気持ちを書き出す。その不安に名前をつけると、それが手放すべき自我の声なのか、守るべき良心の声なのか、見分けがつきやすくなります。
四つ、ほんとうはやってみたいことを一行だけ書く。無理だと打ち消す前に、まず紙の上に置いてみる。可能性を呼び戻す入口は、その一行の中にあります。
五つ、一人で違う選択をした自分をねぎらう。周りと違う道を歩いた日は、たとえ小さな一歩でも、自分らしさを取り戻した日です。よくやったと、自分に声をかけてあげてください。
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