誰もが幸福になりたいと願って生きています。
仕事を頑張るのも、人間関係に悩むのも、結婚や子育てに踏み出すのも、その奥には「幸せになりたい」という素朴な祈りがあります。
ところが不思議なことに、必死になって幸福を追いかけている人ほど、なかなかそれを手にできないことが少なくありません。
むしろ追えば追うほど、幸福は逃げていく。
そんな感覚を持ったことのある方も、きっと多いのではないでしょうか。
今日はメーテルリンクの『青い鳥』を入り口に、幸福という不思議なものとの付き合い方を、霊的な視点から考えてみたいと思います。
青い鳥が教えてくれる、求める者の悲しみ
『幸せの青い鳥』に登場するチルチルとミチルの兄妹は、夢の中で幸福の象徴である青い鳥を探して旅に出ます。
思い出の国、夜の国、未来の国。
さまざまな世界を巡るのですが、つかまえた青い鳥はどれも色が変わってしまい、本物には出会えません。
そして目覚めたとき、青い鳥は自分たちの家の鳥かごの中にいたのだと気づきます。
この物語は子ども向けの童話のように見えて、人生の真実を鋭く突いています。
幸福は遠くの世界にあるのではなく、いまここ、自分の足元にあるのだという気づきです。
多くの人が、青い鳥探しの旅を一生かけて続けています。
転職を繰り返したり、恋人を変え続けたり、海外に答えを求めたり。
もちろん旅そのものに意味がないわけではありません。
しかし「ここではないどこか」に幸福があると信じ続けるかぎり、足元の鳥かごには気づけないままなのです。
幸福と快楽は違うもの
すぐに手に入る心地よさを、私たちはしばしば幸福と勘違いします。
しかし安易に手に入るものは、たいていの場合、幸福ではなく快楽です。
競馬やパチンコにのめり込むこと。
お酒やたばこに依存すること。
麻薬に手を出して、それまで築いてきたすべてを失う有名人のニュースは後を絶ちません。
異性関係でも、その場かぎりの関係を重ねれば、いずれトラブルや痛みが返ってきます。
こうした快楽の特徴は、入り口が広く、出口が苦しいことです。
すぐに気持ちよくなれるけれど、後から虚しさや借金や健康問題が押し寄せてきます。
そして同じ快楽では満足できなくなり、もっと強い刺激を求めて坂道を転げ落ちていきます。
本当の幸福は、こうした下り坂の心地よさとは反対の方向にあります。
入り口は地味で、努力もいるけれど、続けるうちに静かな喜びと安らぎが深まっていく。
その違いを見分けられるかどうかが、人生の質を大きく分けます。
幸福は足元に植える木のようなもの
本当の幸福とは、どこからか手に入れるものではなく、自分の足元に植えて育てていくものだと私は感じています。
たとえるなら、庭に小さな苗木を植えるようなものです。
毎日水をやり、ときには肥料を与え、風で倒れそうになれば支え棒をする。
すぐには大きな実はなりません。
それでも何年もかけて育てるうちに、その木は深く根を張り、季節ごとに花を咲かせ、やがて豊かな実をつけるようになります。
幸福もこれと同じです。
毎日の小さな誠実さ、家族へのやさしい言葉、自分の仕事への丁寧な姿勢。
そうしたささやかな水やりが積み重なって、人生という庭に幸福の木を育てていきます。
逆に、苗木を植えずに「幸福をください」と願い続けても、空からそれが落ちてくることはありません。
苗木を植えてもすぐに引き抜いて、別の品種を植え直してばかりいると、いつまでも実は実りません。
幸福を育てるには、地味な継続と、時間を信じる心が必要なのです。
結婚や子育てが「あえて苦労を買って出る」理由
結婚や子育ては、客観的に見ればたいへんな営みです。
自由な時間は減り、出費は増え、人間関係の摩擦も増えます。
理性的に損得勘定をすれば、独身でいたほうが楽だという結論になっても不思議ではありません。
それでも多くの人が結婚を望み、子どもを持ちたいと願います。
これは魂のレベルで、苦労を通してしか育てられない幸福があると私たちが知っているからだと、私は思います。
赤ちゃんの夜泣きに付き合い、思春期の反抗に傷つき、それでも家族として歩み続ける。
その過程で育つ忍耐や赦しや慈しみは、決して快楽からは得られないものです。
結婚も子育ても、いわば自分から進んで「幸福の苗木」を植える行為です。
苦労が増えるのは、その苗木に水をやり続けている証拠でもあります。
独身の方や子どものいない方も、別の形で同じ苗木を育てることができます。
仕事を通じて誰かに尽くす、地域の人々と関わる、芸術や学問を深める。
形は違っても、自分の足元に苗木を植えて、時間と労力をかけて育てていく姿勢が、幸福の木を育てる秘訣なのです。
幸福を育てる日々の小さな実践
では、具体的にどうすれば幸福の木は育つのでしょうか。
難しい修行はいりません。
毎朝、目が覚めたときに「今日も生かされている」と感謝を一つ口に出してみる。
家族や同僚に「ありがとう」と意識して伝える回数を、昨日より一回だけ増やしてみる。
夜寝る前に、今日あった小さな良いことをひとつ思い出して、心の中で味わってみる。
こうした実践は、地味でつまらないように思えるかもしれません。
しかし、これこそが幸福の苗木に水をやる行為そのものです。
大きな成功や派手な出来事を待っているうちに、人生は静かに過ぎていきます。
派手なことを待ち続ける生き方ではなく、目の前の小さな営みを愛おしむ生き方を選んだとき、足元の鳥かごにいる青い鳥にようやく気づけるようになるのです。
育てた幸福は、誰にも奪えない
外から手に入れた幸福は、外からの出来事で簡単に崩れます。
お金で得た快楽は、お金が尽きれば消えます。
地位で得た満足は、地位を失えば消えます。
しかし、自分の足元で長い時間をかけて育てた幸福は、状況が変わってもそう簡単には倒れません。
家族や友人との深いつながり、自分の中で育てた慈しみや感謝の習慣、魂の中に刻まれた誠実さの記憶。
これらは、たとえ財産を失っても、病気になっても、最後まで自分の中に残り続けます。
そして肉体を脱いだあとの世界にも、そのまま持って行けるのです。
幸福とは、求めて手に入れるものではなく、植えて育てていくもの。
そして、その育てた幸福こそが、生きているあいだも、地上を旅立ったあとも、自分とともに歩み続けてくれる宝物なのだと私は信じています。
どうか今日も、あなたの足元に小さな苗木を植えてあげてください。
そのささやかな営みの中に、青い鳥はもう静かに翼をたたんで、あなたを待っていてくれるはずです。
幸福を育てる日々の実践は、幸福完全ガイドの章をひとつの流れとしてたどってみてください。
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