2020年10月25日日曜日

対人トラブルを解消する方法|課題の分離|アドラー心理学


アドラー心理学を紹介した「嫌われる勇気」という本が以前にベストセラーになったことがあります

そのなかでも対人関係のトラブルの多くは次の二つが原因で起こっているとされます

1、自分が他人の課題に土足で踏み込んでいる事
2、他人に自分の課題に土足で踏み込まれている事

そのためこの課題は誰のものかを明確化して「自分の課題」 と 「他人の課題」 を分離することが大切と説きます

では、どうやって誰の課題かを見分けたらいいでしょうか?

これにシンプルに答えていて「その選択によって、もたらされる最終結果を、引き受けるのは誰なのか?」 を考えてみてくださいと言います

もしも、最終的な結果を自分が引き受けないのであれば、それは「自分の課題」ではないことになります

自分の課題ではない事に人は多くの口出しをしてしまいます

自分の課題であると判断されれば、全力で当たらなければなりませんし、他人の課題については土足で踏み込んでまで解決を迫る事ではないということです

自分の課題については、誰か他人が解決してくれると過剰な期待をしてはいけません

自分の課題は自分で解決していくと覚悟を決めなければならないという事です

一方で、他人の課題まで背負い込み、あれこれうるさく指示したり、深く入り込むことで、相手に誰の課題かを明確化する機会を失わせてしまいます

相手は他人に頼り、自分の課題だと自覚せずに、不満や愚痴をぶつけてくるようになります

大切なのは「誰の課題か?」を明確にすることで、背負っている荷物をいったん整理して見る事です

他人のリュックの中身まで取り出したり、あれこれ言ってはなりませんし、自分のリュックの中に他人のものまで詰め込んでいたり、逆に他人に背負わせてしまってはいけないわけです

自分の荷物は自分で背負いましょうという事です

まずはしっかりと荷下ろしをしてみて、これは誰の荷物かをはっきりと区分けすることが大切です

あまり他人に過干渉になるのもよくないですし、あるいは人様に依存しすぎてもいけないという事です

他人の課題にあまり過干渉になってしまい、相手が自分の課題だと気づかないようにしてしまっては相手によくありません

過干渉をさけ、相手の自覚をまってあげて、「もしも課題を克服するのに困った時には、いつでも手助けする」というサインを送っておくことです

大切なのは相手にも自分の課題だと自覚させてあげて、自分の課題には自分が真剣に取り組まなければならないと気づかせてあげる事です
 
各自が各々の与えられた課題に取り組み、それを克服することで、魂のレベルアップをしていきます

そうして魂は成長し、次のステージに進んで行くのです
 
「嫌われる勇気」の中では例として、親が子供に勉強を促すシチュエーションを説明しています

勉強しない子どもに対して親がどう対処すべきかの話しで、そちらを紹介してみます

勉強することは子供の課題です。そこに対して親が「勉強しなさい」と命じるのは、他者の課題に対して、いわば土足で踏み込むような行為です。これでは衝突を避けることはできないでしょう。

われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。

(途中略)

たしかに世の親たちは、頻繁に「あなたのためを思って」という言葉を使います。

しかし、親たちは明らかに自分の目的ーそれは世間体や見栄かもしれませんし、支配欲かもしれませんーを満たすために動いています。

つまり、「あなたのため」ではなく「わたしのため」であり、その欺瞞を察知するからこそ、子どもは反発するのです。

このケースでは子どものためと言いながら、実は親の世間体だったり、見栄だったりしていて、それを子どもが察知してしまうわけです

その欺瞞を暴くために、子どもは反発したりすると紹介しています

子育て以外にも、会社での人間関係や、近所付き合いや親せき付き合いなど、様々なケースで課題の分離が出来ていないケースでトラブルが起こっています

たとえば会社の上司が「部下は指示しないと働かない、怠け者なのでいつも目を光らせておかなくてはならない」等と言っている場合もありますが、実際には自分が明確に仕事の指示を出せていなかったり、自分でするべき仕事を他人任せにしているケースもあります

このように、誰がやるべき課題かを明確にせず、ただ他人に依存したり、任せているだけでは、他人に対して批判が強く、文句ばかりが出てきてしまいます

ですので、まずは自分と他人な課題を区別することが大切です

その結果、自分の課題を他人に押し付けたりせず、自ら積極的に取り組んで行かなくてはなりません

そして他人の課題については、その他者が自分の課題であることを自覚させ、それに積極的に取り組んでいく事を促すようにします

もしもその人が課題に取り組んで解決が難しいようであれば、いつでも助けに行く事は示していたらいいでしょう

以上、アドラー心理学の「嫌われる勇気」の参考になると思われる部分を紹介してみました

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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

分かり易いですね。
誰の課題かを見極め、
自分と他人のリュックは別にする事。
必要以上に踏み込まない。
職場で生かせますね。

私は親から勉強しなさいと言われた事が一度も
ありませんでした。
成績が良くても悪くても。
今でも感謝しています

匿名 さんのコメント...

以前、この本の一節をどこかで読んだことがあります。
子供の課題と自身の課題を明確に分けなければならない、という部分がとても印象に残ったのを覚えています。


ブログにもあるように、子供に勉強をさせようとするとき、親の課題は「いかに工夫して子供が勉強したくなるようにしむけることができるか」であり


実際に「勉強するかしないかの選択」は子供自身の問題であると。相手を脅したりして(就職先に困るよ等)、相手の精神をコントロールしてでも勉強させようとするのは、支配であり過干渉なのですよね。


つい昨日も、今度はある習い事の教える立場としてですが、課題の分離について思うことがありました。

子供達が家で課題(この場合は宿題)をこなしてこないことに対し、先生は「子供のせい」にするのですが、課題をしないことは、しばしば先生側の工夫が足りないことに起因していることが実際は多いのです。


どんな課題をだすか、課題のをどんな風に出すか、有効な課題の克服方法を示せているかなど、こちらが見直すべき点、工夫できる点は沢山あるのに・・・。子供(相手)のせいにしだすと、事態はよくならないまま止まってしまいます。


うまくこちらの工夫が子供達にハマれば、子供は多くの場合は課題をこなしてきてくれます。自分が成長することに対する楽しさを課題の中に見出せるからです。


安易に子供のせいにしない、子供のやる気を信じる心にも欠けていると感じます・・・。


工夫の仕方の良いアイデアはあるのですが、工夫の仕方を角が立たないように いかにメインの先生に伝えることが出来るか、知恵を出せるか(私は組織の中で新人なのです。メイン先生とは同世代ですが)これが私の今の課題です。