『ローマの休日』や『ティファニーで朝食を』、『マイ・フェア・レディ』などの名作映画で有名です
いままで脇役をしていたヘプバーンさんが、「ローマの休日」で主演をされて、一躍トップスターになります
「ローマの休日」のヘプバーンさんは無邪気な笑顔と、清純な美しさで、人々を魅了しました
しかし彼女が映画で見せた無邪気さとは裏腹に、半生は過酷な人生を歩まれています
父親のジョゼフは浮気をして、それが母エラに見つかるとまだ幼いヘプバーンを残して、蒸発してしまいます
ヘプバーンは父親がいなくなったことに、とてもショックを受けたようです
その後第二次大戦が勃発し、母のエラは、戦火を逃れるため、イギリスからオランダに移住します
この判断は災いして、ドイツ軍はその後オランダに進撃し占領します
「ドイツによる占領が5年も続くとわかっていたら、私も母も自殺していただろう」と彼女は後に語っています
英語を話すとドイツ兵に捕まることを恐れて、人前で英語を話さないようにし、イギリス風のヘプバーンという名前も伏せて、エッダ・ファン・ヘームストラという偽名で通すことになります
そしてヘプバーンは将来プリマ・バレリーナになりたいという夢を持っていて、その才能は高くて夢は叶うだろうと考えていました
占領下のオランダで、秘密にバレエを上演し、その資金を反ドイツ運動(レジスタンス)に投じたと言います
彼女は当時、学生だったのですが、学生の方が学校へ通う理由があるなど、街を歩いていても疑問にもたれないとして、レジスタンスの連絡係もしていたそうです
後に同じような境遇の「アンネの日記」のアンネフランクに共感していました
戦後にプリマを目指していましたが、バレエの師匠に、身長が高すぎることと、占領下の栄養失調で筋肉が十分に発達できていないことから、将来プリマは難しいとされ、女優へと転身していくことになります
そして幾つかの脇役を経て、『ローマの休日』で花開くことになるのです
後に彼女はユニセフの活動に積極的になります
飢餓に苦しむ子どもたちのための予防接種の普及や水道の必要性など、人道支援の重要性を世界に訴えました
おそらく彼女自身がドイツ占領下のオランダで苦しんだ経験もあって、そうした活動に積極的に行ったのだと思います
人を助けることについてヘプバーンが語った言葉があります
「歳を重ねると、自分に手が2つあることを知るはず。1つは自分自身を助けるため、もう1つは他者を助けるために」
神話などで美の女神などが語られますが、実際にそうした霊的存在があって、地球に降り立ってくるのです
そして地上に美しさや愛することなどを人々に伝え、また女神の世界へと帰っていきます
ヘプバーンさんはそうした女神のお一人であったようです

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