昨日は「親ガチャ」の話をしましたが、生まれ落ちた環境によって自分は不幸だと思う人もいます
貧しい家庭に生まれ家からとか、身体が弱く生まれたとか、親に否定されて生きてきたなど、過去の出来事の中に不幸を求める事があります
ですが、神様は、人生の不幸と思えるものの中に、幸福の種を隠して入れているように思えるのです
私も子どもの頃を振り返ってみると、暴力的でいつも怒鳴ってばかりの父親と、優しいけど弱くて父親に従うしかない母親のもとに生まれました
いつも父親から否定的な言葉を投げかけられたり、怒鳴られていたため、大人になってしばらくしても、自己否定の思いが強くて、自分はダメな人間なのだという自己イメージを持ってしまい、失敗に繋がる事もあったと思います
そのように見ると不幸な生い立ちのようにも思われますが、それがために自分は鍛えられた面がありますし、辛い人の気持ちもわかる面が培われたと思います
それが今、ブログなどで記事を書く際に、役に立っています
普通の家庭に生まれて、普通に成長していたら、今頃は普通にサラリーマンでもしていたと思いますが、現在は、願っていた自分の考えを発信する事を仕事に出来ています
いろんな問題も抱えた家に生まれてきたからこそ、いまの自分もあり、こうして皆さんに読んでいただく記事も書けるようになりました
不幸なように思えた環境の中にこそ、実は将来の幸福の種が隠されていたのです
また、私はしゃべることが苦手で、自分の考えを言葉にしてお話しするのが得意ではありません
そのため人と話す事も少なく、社交的ではないため、外に出て交流を深めたり、セールスマンのような事は合わないでしょう
ですが、それゆえに、じっくりと考えて言葉を作り出せる文章なら書けるようになりました
もしも、話が流暢で、とうとうと喋れるタイプであったら、これも今のような文章を書くことには繋がらなかったでしょう
話すことが苦手で、言葉がなかなか出てこないからこそ、じっくりと考えて、自分の考えを言葉に出来る文章を書くのが少しは出来るようになったと思います
会話が得意でないのは、社交的でないと思われたり、何を考えているのか分からないと思われて、短所でもありますが、それがために文章を書くようになって、今こうして自分があります
このように不幸と思えるような出来事は様々に起こってきますが、それを突き抜けた先には、将来の幸福の種にもなるのだと知っていただきたいと思います

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』