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人に対して苦しみを与えてしまったり、迷惑をかけて恨まれることがあります
そうした相手からのネガティブな念は、自身の運命の足を引っ張るもとともなります
相手から恨まれたり、怒りを向けられた時に、その念を解くために考えるべきことについて述べてみます
前回は最近逮捕されて自動車会社の責任者について取り上げました
リストラなどをして、業績を回復させたのはよかったのですが、裏では多くの人からの恨みの念が来ていたと思います
検察も不当なやり方での逮捕だとは思いますが、彼が多くの人からネガティブな念を向けられてしまったため、こうした出来事が起こったとも言えます
それではこうした時にどうすべきだったのかを考えてみます
たとえば日露戦争時に戦った乃木希典将軍は、多くの国民から慕われ、後には乃木神社で神様として祀られるまでになります
しかし旅順攻略では多くの戦死者を出した責任もある方でした
司馬遼太郎の小説では、児玉源太郎の進言も聞かずに、無駄に多くの死人を出した人物のようにも描かれている面があります
ですが乃木将軍は、ご自身の息子二人、長男と次男を過酷な前線に投入し、二人とも戦死されています
乃木将軍ご自身も命を惜しまないような行動をとっていたため、戦死者の遺族の方も、恨む人は少なくなったのだろうと思います
乃木将軍は戦後に亡くなられた方のご自宅を訪問して挨拶して回ったと言われます
このように、本来であれば大勢の人の命を落としてしまい、多く恨まれてもよいような方であっても、恨みは解かれて、神様として崇められている人がいます
それでは乃木将軍と、自動車会社の経営者の方にはどのような違いがあるかというと、苦しまれた方々への申し訳ない気持ちと、思いやりの気持ちを強く持っていたかどうかでしょう
乃木将軍は戦死された方に対する責任感が強く、申し訳なかったという思いでいっぱいだったと思います
それが国民にも伝わり、乃木将軍を悪く言う人も少なかったのでしょう
一方でリストラなどで、業績もよくなったでしょうが、それで苦しんでいる人に対する思いやりが薄く、自分ばかりよいようにしているように見えると、やはり恨みの念を買ってしまいます
やはり同じように人に害を与えてしまったとしても、その人の心の持ち方や責任感により、恨みは増したり解かれたりするものです
よく悪事をして、「自分は悪くない、誰それのせいだ」と責任転嫁するような発言をしている人は、やはり周囲の恨みを増してしまっているでしょう
自己の責任を痛感し、謝罪の思いを持っている人には、恨みの念も薄らいでいきます
人を害したり苦しめたりしてしまったら、素直に心の中でも謝り、反省する心が大切です
恨みを買わないために大切な心がけ
人に害を与えていなくても、恨まれてしまうことがあるのです。世の中には、聖人と呼ばれるような人であっても逆恨みされる場面があり、恨まれずに生涯を終える人はそう多くないでしょう。たとえば密猟から動物を守る活動をしていた方が、密猟者に命を奪われてしまった出来事が知られています。良いことをしていても、それによって困る人からは敵として見られてしまうのです。犯罪を取り締まる仕事をしている人も、罪を犯した側やその周囲から恨まれてしまうものです。捕まえてくれた恩人だと感謝する人はまれで、逆恨みされる側に回ってしまうことも珍しくないでしょう。坂本龍馬やリンカーン、キング牧師、ガンジーといった、世のために生きた人物の多くが暗殺という形で命を落としているのも、同じ構造だと私は感じます。良い仕事をした人ほど、その反動を受けやすいというのは、歴史が繰り返し示してきたことでしょう。世のためにという思いで動いていても、逆恨みしてくる人は出てくるものだと、私は受け止めています。
これは特別な立場の人に限った話ではなく、普段の生活の中にも同じことが起きています。恨みの念は、成功している人にほど飛んできやすいものです。仕事で人より早く出世したり、幸運に恵まれたりした時、それを周囲に自慢したり、他人を見下すような態度をとってしまうと、恨みを呼び込んでしまいます。「自分の力で勝ち取ったのだ。周りは頑張りが足りない」というような思いをにじませていると、周囲は嫌な気持ちになるものです。人は誰かの幸運そのものより、それをひけらかす態度のほうに反応してしまうのだと思います。
成功したのは自分の力だと思っていると、周りの気持ちはどうしても離れていきます。反対に、「これは周りに支えてもらえたおかげだ」と感謝の気持ちを持てている人は、あまり恨まれません。才能や実力がある方ほど、慢心してしまいやすいところがあるのです。天狗になった状態が続くと、周りからの後押しは少しずつ引いていき、孤立や失敗につながっていくものです。謙虚さを保てるかどうかが、恨みを遠ざけられるかどうかの分かれ目になっているように感じます。
日本人が旅行に行くとお土産を買って帰る習慣が根づいていますが、これも恨みを遠ざける知恵の一つだと私は思います。うらやましく思われるような出来事があった時、その喜びを独り占めせずに分けようとする心が、そこにあらわれています。福を分けると書いて分福という言葉が使われますが、この考え方は、余計な恨みを解くうえでもよく効きます。もし自分だけ先に出世したなら、周りの方を食事に誘って感謝を伝えるくらいで、ちょうどよいのでしょう。
嬉しいことがあった時、それを一人で抱え込まず、周りにも分けていく。この積み重ねが、幸せの輪を広げながら、余計な恨みを未然に解いていくのだと思います。恨まれてから対処するよりも、恨まれる芽そのものを日々の小さな心がけで摘んでおくほうが、ずっと楽なのではないでしょうか。
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