2018年4月10日火曜日

スピリチュアルな加護を受け、感じ取っていくためには


「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。」マタイによる福音書5章8節



私たちは地上で生きているうちに、様々な心の汚れを出してしまいます

嫌な事を言われたら、不機嫌になり、愚痴ったり、相手の悪口を言ってしまいます

悲しいことがあったら、悲嘆して、嘆き悲しみ、人から同情を求めてしまいます

他人の成功を見ては、欲を湧き立たせ、相手の失敗を望む心が出てしまいます

こうしたネガティブな思いは心の汚れとして、私たちの魂を覆っていきます

そのように、普段の生活の中で、様々な心の汚れを出し、そのままにしていることが大半ではないでしょうか?

もしも身体が泥だらけとなり、悪臭を放っていたら、私たちは気持ち悪くて、すぐにお風呂に入って体を洗い清めるでしょう

それが心の汚れだと、私たちは気づかずにそのまま放置してしまいます

溜まっていったネガティブな想念は、私たちを取り巻き、魂の重い荷物となっていきます

身体や車など、汚れたらすぐに綺麗に洗うのに、私たちはもっと大切な心を汚れたままにしてしまっています

心が汚れたままで曇ってしまっていると、守護霊様などのスピリチュアルな光が閉ざされ、人生がどんどん暗いものへと転落してしまいます

守護霊の導きを得て、加護していただいている人は、明るい人生を歩み、幸せなひととなります

では、どうしたら光を受ける体験をしていけるのかというと、心を清めていく必要があります

イエス様も「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。」と述べていますように、心を清くしていくことのよって、守護霊様などのスピリチュアルな存在の加護を体験し、感じていけるようになります

心を清くしていくのは、日々に自らの発した思いを点検し、間違った思いを出した時には反省し、改めていくことです

身体を石鹸で洗うように、心を反省して洗うことで、清められていきます

心が清められていくことで、スピリチュアルな加護も得られていき、それを感じるスピリチュアルな感性も研ぎ澄まされていきます

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