降りてきたメッセージを記します
私たち人間やあらゆる生命や物質を在らしめる力は、根源の存在から流れ来たって、私たちを生かしています
その力・パワーは、すべてを支えて、遍在(世界のあらゆるところに、あまねく行き渡って存在)していますが、誰もその存在を手にとって見たことがありません
ある人は、その力を神の愛と言います。別の人は真実の光と表現します
誰も見たこともなく、手に取ったことのない、存在を証明しようのない力(神の愛)が、世界を支え、私たちを育んでいます
その力は河の流れのように、高い頂から流れきて、様々な地を潤しながら下っていきます
透明な河の水のごとく、定まった形なく、透き通って清廉なものです
流れ出たはじめの水はそのように清らかで透明であったものが、下流に近づくにつれて、濁りだし、悪臭まで漂うようになります
生き物を生かしめるために必要な河の水である筈の物が、いつしか不純物が混じりこみ、飲んだものを害するまでになります
神の愛である、はじめの清らかさ、透明な水とは何でしょうか
それは無私なる思いであり、無欲で見返りを求めず、ただただあらゆる者に愛を供給せんとする清らかな愛でありましょう
その神から受け取った愛を、私たちは時には我欲で流れを塞き止めようとしたり、自分の手柄として自慢してしまうことがあります
本来は、すべてを神から与えられている存在であり、私たちはその愛を流すためのパイプの役割であるにも関わらず、自らを通って流れた水は、自分自身の力であると勘違いしたり、相手に見返りを求めようといたします
そうした我欲によって、はじめは無色透明であった清らかな水は、しだい次第に濁りが混じり、いつしか毒するようにまでなってしまうのです
ですので、私たちはすべてを与えられていることを思い出し、栄光は神に帰し、自らは謙虚に、透明になって、世の中に清涼な水を供給せんとなすべきではないでしょうか
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