人はともすれば独りよがりとなり、自分一人が苦しみの淵にあるように感じます
はたしてどれだけの者が主の苦しみ悲しみに想いを馳せたことがあるでしょうか
天の父は人類七十億の苦しみを一身に背負われています
もし主が荷を負うことを厭われたなら、世は一瞬にして消滅するでしょう
罪人と苦しみ多きこの世を滅ぼさず、残されているのは天の父の至上の愛にほかなりません
幼き者は自らの苦しみを通してようやく人の苦しみを理解するに至ります
どうか主の苦しみにも想いとめていただきたい
人は己一人の苦しみにさえ投げ出したくなるでしょう
数十億の苦しみを一身に背負うことはかなわないでしょう
苦難にあるとき、人の目にはなぜにそのような果実をえなければならないかわからないかもしれません
ヨブの物語に同じです
主に不平をいうまえに、自らに問うて欲しい
はたしてご自身は世の闇を取り除く努力をどれだけしてきただろうかと
己に降り懸かってはじめて見るのですがいままで同様な苦しみのうちに置かれた方はたくさんいらっしゃるでしょう
いままでそのような方の悲しみに目を向けてこられたでしょうか
自らに降り懸かってはじめて人の世の苦しみに目を向け、他人の悲しみを理解するようになるのが人間ではないでしょうか
人にはだれにも守護の天使が寄り添っていることを聞かれたことがあるでしょう
では彼らはどのような思いにて、地上の人の苦難を見ているでしょうか
あなたがたを世に使わすのは、狼の群れの中に子羊を送りだすような心境で見守っています
それでも何事にも手を貸してしまうということはいたしません
たとえて言うならば、幼き子が転ぼうとも、その子に自ら立ち上がる力が備わっていると信じられるなら、あえて隠れて見守る親の心境に似ています
それはけして危険な目に合わせたいからではないのです
もとの世界へと帰った時には、よく頑張ったね
あの苦難と悲しみのうちをよくくぐり抜けてきたね、と肩を抱き寄せて頬にキスしながら褒めてあげたいから、優しく抱きしめてあげたいからなのです
そうした思いで見守っいることを知っていただきたいのです
けっして苦しみを与えて喜んでいるのではないということを知っていただきたいのです
あたなには苦難を乗り越える力が備わっていると、信じていればこそ、涙を流して見守っているのです

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