ある朝、寝起きの静かな時間に、明治維新の時代を生きた一人の志士から、私のもとへ言葉が届きました。
名前は伏せておきます。
けれど、その語り口には、150年以上前にこの国を命がけで立て直そうとした方々の、まっすぐな気概が宿っていました。
「いまの日本は、魂の方向を見失っている」。
そんな彼の言葉から、メッセージは始まりました。
志士が見ていた「いまの日本」
その志士は、こう語り始めました。
日本という国も、起業家精神を持たねばいかん。
政治家は単に集めた税金を、建物だダムだの地元の土建屋に金を落とすことしかやってない。
国家も企業と同じく、投資したものがきっちり返ってくるのを見抜いてやらなきゃだめ。
これは少し古い時代に届いた言葉ですが、年月が経った今読み返しても、まったく古びていないのです。
むしろ、年を重ねるほどに、この警鐘の重みが増していくように感じます。
霊的な真実から見た「国家の役割」
この世は、魂が学ぶための仮の学び舎です。
国もまた、その学び舎の大きな器の一つにすぎません。
けれど、器が腐れば、そこに集う魂は本来の力を発揮できなくなってしまいます。
志士は、こう続けました。
エネルギー開発とか国家間プロジェクトのなどには、民間の企業では難しいところもある。
そうしたもんは、国が積極的に興していったらよい。
そのあとある程度したら、民間に払い下げでもしたらいいじゃないか。
国鉄でも電話局でも郵便局でも、元は国が造ってやってたんだから可能だ。
本来の国家とは「魂が新しい挑戦をするための土台」を整える存在なのだと、私は受け取りました。
その土台が整って、初めて民間という個々の魂が、伸びやかに翼を広げられるのです。
未来のビジョンを示せない指導者の罪
志士の語気が強まったのは、ここでした。
政治家は国民に対して、未来のビジョンが示せていない。
どういう方向へ国が発展していくか、指導者が明確に示していけば、その方向に国は発展していく。
私はこの言葉を聞いたとき、ある光景が脳裏に浮かびました。
それは、夜の海を進む小さな漁船の姿です。
船長が灯台の光を見失えば、どんなに優秀な船員が集まっていても、船は方角を見失い、嵐の中をさまよい続けることになります。
国もまた、同じこと。
指導者が「光」を示すことを放棄した瞬間、国民の魂は方向感を失い、目の前のお金や手当てに揺れ動くようになるのです。
志士が描いた「日本がこれから伸ばすべき分野」
そして、志士は静かに、けれど確信に満ちた声で、未来のビジョンを語り出しました。
これからの発展していく分野として、例えば宇宙開発がある。
宇宙に安価で安全に行けるようになれば、需要は大きい。
また、ナノテクノロジーを利用した新素材の開発などがある。
そして石油にかわる代替エネルギーの開発は、とても重要だ。
国がもっと積極的に進めないといけない。
続いて、志士は高速交通網の整備についても触れました。
移動時間が短くなれば、それだけ人生の密度が濃くなるということだ。
建物の多様化、垂直農業の可能性、工場型漁業のアイデア、ミネラルを活用した海水魚の養殖。
志士のビジョンは、技術の話のように見えて、その実は「日本人の魂が、どこに向かって伸びていくか」という大きな絵だったのです。
建物ももっと多様化していい。
建築基準法などは保護主義でいろいろ規制してる。
もっと高い建物が建てられるようになれば、利用できるスペースは広くなる。
広くしてその中で野菜を植えたり、芝生をうえて動物でも飼えるようにしたらいい。
真水にある種のミネラルを加えるだけで、海の魚を養殖できる。
森の中でも水が流れていれば、大きな工場のようなものを建てて、そこで魚を養殖する工場型の漁業も考えられる。
農業も建物のなかで育てれば、農薬も不要で栽培できる。
霊的な目で見れば、これは単なる産業政策ではありません。
「人間の創意工夫こそが、神から与えられた最大の贈り物」だという、深い哲学が込められているのです。
「分かれ道」に立つ日本
そして、志士は静かに告げました。
日本の選択で大きな分かれ道がある。
高福祉政策で二流国になるか、起業家精神を奮い起こし、一流国を目指すか。
福祉とか手当てとかいって、税金をいっぱいとって国が分配しようとする考え。
福祉は充実するかもしれんが、税金が上がっていって国が衰退していく。
もう一つは、ばらまきをやめて、国が発展する方向へ導いていくこと。
そのために政治家は未来のビジョンをもって、国民に示さなきゃいけない。
これは、福祉そのものを否定する言葉ではないと、私は受け取っています。
志士が見抜いていたのは、「ビジョンなき分配」が魂の自立を奪ってしまうという、霊的な構造の話だったのです。
魚を与え続けられた人は、魚を獲る誇りを忘れていきます。
そして誇りを忘れた魂は、自らの本当の使命を見失っていきます。
それは、福祉を受け取る個人が悪いのではありません。
「魂を信じきれていない国家のあり方」が、人々の翼を、知らず知らずのうちにたたませているのです。
明治維新の逆をいく「責任の分散」への警鐘
志士は、最後に行政の仕組みについても触れました。
道州制は、明治維新の時の廃藩置県の逆をいっている。
外国に負けないよう、明治維新で日本は中央集権化していったが、中央の政府がダメになって、先祖がえりしようとしてる。
行政を複雑化して、責任の所在をわからなくさせようとする思いがある。
道州制をいれれば、結果として無責任な国になっていく。
地方分権と言っているが、国に起業家精神がたりないから、地方に責任を分散させる考え。
志士の言葉は、特定の制度を一方的に否定するためのものではありません。
「責任の所在を曖昧にすることが、魂の成長を止めてしまう」――この一点を、私たちに伝えたかったのだと、私は受け取っています。
明治維新を成し遂げた志士たちは、誰一人として「責任を誰かに押し付ける」ことを選びませんでした。
自分の命を懸けて、自分の名前で、未来へ責任を引き受けたのです。
その魂のあり方こそが、いま私たちの時代に最も求められているのかもしれません。
今日からできる、魂レベルの三つのアクション
志士のメッセージは、政治家へのものだけではありません。
このメッセージを読んでくださった、あなた自身への問いかけでもあるのです。
今日からできる、ささやかなアクションを、三つだけご提案させてください。
1. 自分の「旗」をひとつ書き出す
「自分は何の旗を掲げて生きているのか」を、一日一行でいいので、ノートに書いてみてください。
仕事の目標でも、家族への想いでも、社会への祈りでもかまいません。
その旗が小さくとも、魂はその方角に向かって、確かに歩きはじめます。
2. 自分から、誰かに「投資」してみる
受け取るばかりではなく、自分の周りの誰かに「投資」できることを、ひとつ見つけてみてください。
お金でなくてかまいません。
時間や言葉や祈りでも、十分な「投資」になります。
魂のレベルで誰かを応援したぶんだけ、巡り巡って、あなた自身の魂も応援される側になっていくのです。
3. ニュースを「魂の学び」として読み直す
今日のニュースや出来事を、一度だけ「魂のレベルでは何を学ばせようとしているのだろう」と問い直してみてください。
怒りや嘆きで終わらせるのではなく、その背後にある霊的な意味を、静かに受け取る習慣をつけるのです。
このささやかな三つの習慣が、あなたの人生に、必ず方向性という光を灯してくれるはずです。
志士たちは、いまも見守ってくれている
明治維新の志士たちは、命を懸けてこの国を立て直しました。
それは、彼ら自身の名誉のためではなく、後の世代――つまり、いまここに生きる私たち一人ひとりの魂を、信じていたからです。
その信頼が、いまもなお、霊的な世界からこちらへ届けられているのです。
あなたが、自分のなかに小さな志を立てた瞬間。
志士たちは、変わらぬ温かい目で、あなたの背中を見守ってくれていることでしょう。
魂の方向を見失わず、明日へ向かって、また一歩。
その一歩を、私はあなたと共に歩んでいきたいと、心から願っています。
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