日本の古代の真実は、じつは古事記や日本書紀よりも深く伝えている書物があります。「ホツマツタヱ」です。
あまり耳なじみのない名前かもしれませんが、ここには記紀が語らなかった神々の姿が記されています。今日は、この不思議な古文書の世界へご案内したいと思います。
神代文字で記された古文書「ホツマツタヱ」
「ホツマツタヱ」は、「ヲシテ」と呼ばれる神代文字によって書かれた古文書です。
そこには、古事記や日本書紀よりも神代の時代がくわしく、そして思想的にも深い内容が記されています。五七調の長歌体でつづられ、全四十アヤ(章)から成る大著で、記紀のもとになった原書ではないかと考える人もいるほどです。
古事記や日本書紀は、当時の為政者によって都合よく書き換えられた部分があるとされています。古代日本のありのままの真実を伝えているのは、むしろこの「ホツマツタヱ」のほうではないか。そう考えられているのです。
失われた信仰、天御祖神
記紀との大きな違いのひとつが、天御祖神という存在です。
「ホツマツタヱ」には、宇宙を創造し、地球に生命を送り出した存在として、この天御祖神が描かれています。古い時代には、この神様への信仰が中心にあったことがうかがえます。それがなぜか、現代では失われてしまいました。私たちは、いちばん大切な源の記憶を、どこかに置き忘れてきたのかもしれません。
男神だった天照大神と、消された瀬織津姫
もうひとつ、記紀と大きく異なる点があります。天照大神が、男神として記されていることです。
「ホツマツタヱ」では、天照大神はアマテル大御神と記されます。イザナギとイザナミの間に生まれた男性の神であり、妃も存在しました。その正室となられたのが、瀬織津姫です。
瀬織津姫は、神道の大祓詞に登場する女神でありながら、なぜか記紀にはいっさい姿を見せません。当時の為政者にとって都合の悪い存在だったために、消されてしまった可能性があるのです。歴史の表舞台から静かに退けられた女神の物語に、私は胸を打たれます。
伊勢神宮の豊受大神をめぐる謎
伊勢神宮には、天照大神とともに豊受大神が祀られています。
伝承では、雄略天皇の夢枕に天照大神が現れ、「自分ひとりでは食事も安らかにとれないので、丹波国の比治の真奈井にいる御饌の神、等由気太神を近くに呼び寄せなさい」と告げられた。そこで外宮にお祀りするようになったとされています。
けれど豊受大神は、外宮で内宮の天照大神とほぼ同じ規模でお祀りされています。単なる給仕の神様にしては、これは不思議なことです。
「ホツマツタヱ」では、豊受大神は天照大神の祖父であり、イザナギの父とされています。そしてご自身は、前世において国常立神であったと自覚されていたといいます。外宮の神職であった度会家行が起こした伊勢神道、いわゆる度会神道でも、豊受大神は天之御中主神や国常立神と同じ神であり、この世に最初に現れた始源神であるとされ、外宮は内宮よりも立場が上だと説かれています。
隠された真実に、目を向ける
こうして見てくると、いまの私たちが当たり前と思っている神々の姿の奥に、別の真実が隠されていることに気づかされます。
「ホツマツタヱ」は、その隠された層へとそっと光を当ててくれる、貴重な手がかりです。これについては、これからも折にふれて取り上げてみたいと思います。遠い祖先が見つめていた本当の神々の姿を思い出すことは、私たち自身の源を思い出すことでもあるのです。
記紀の奥にある日本の真実は、古代文明・神話・日本の霊的起源 完全ガイドの中でさらにひろがります。


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