誰かに認めてもらいたい、褒めてもらいたい、そう願う気持ちは、人間として自然なものです。
「これだけ努力してきたのだから、せめて一言ねぎらってほしい」「自分の存在を、ちゃんと見ていてほしい」、そんな声なき声を心の奥に抱えて、毎日を送っている方は少なくありません。
しかし、世の中はなかなかそのように動いてはくれません。
家事をどれだけ完璧にこなしても、仕事でどれだけ成果を上げても、まわりは当然のように受け取り、感謝の言葉さえ返ってこない。
そうしているうちに、求める気持ちがだんだん渇望に変わり、人から愛を「奪おう」とする姿勢になってしまうことがあります。
今日は、そんな愛と幸せの不思議な法則について、ひとつの物語を通してお話ししていきます。
幸せには奇妙な性質がある
幸せには、私たちの直感とは逆向きの、不思議な性質があります。
奪おうとすればするほど目減りし、与えれば与えるほど自分の手元にも増えていくのです。
たとえば、お金や食べ物のような物質的なものは、誰かに分け与えれば自分の取り分は減ります。
けれども、愛や感謝、笑顔のような目に見えないものは、分けても減らないどころか、相手のなかで増幅し、めぐりめぐって自分のところへも戻ってきます。
この法則を体で覚えると、人生の流れが穏やかに変わっていきます。
逆にこの性質に気づかないままでいると、いくら愛を求めても乾いた井戸を覗いているような気持ちが続いてしまいます。
物語「幸せのかけら」
ここで、ひとつの物語をお話しさせてください。
ある女性が、家事と育児に一生懸命に取り組んでいました。
朝早くから夜遅くまで、家族のために動き、夫や子供たちに愛情を注ぎ続けていました。
けれども、そのことが誰かに評価されることは、ほとんどありませんでした。
夫は仕事に追われ、子供たちは学校や友達のことで頭がいっぱいでした。
彼女は、自分の存在意義が日に日にすり減っていく気がして、ふとした瞬間に深い孤独を感じるようになっていました。
近所の主婦との出会い
ある日、彼女は近所の主婦と話す機会がありました。
その主婦も家事や育児に奮闘している人でしたが、なぜか明るく、毎日を楽しそうに過ごしているように見えました。
彼女は思い切って尋ねました。
「どうしてそんなに幸せそうなの。私は一生懸命やっているのに、誰も褒めてくれないし、感謝してくれないし……」
すると、その主婦はやわらかく微笑んで答えました。
「私も最初はそう思っていましたよ。でもね、最近気づいたの。自分が他人からの愛を求めてばかりで、他人のことを愛してあげていなかったんだって。だから今では、夫や子供や友達や隣人の良いところを見つけて褒めるようにしています。すると不思議なことに、自分も愛されているって感じられるようになったのよ」
彼女はその言葉に、はっとさせられました。
自分が他人から求めていたものは、もしかすると、自分が他人に与えてこなかったものなのかもしれない。
これまで「当たり前」と思って受け取ってきた家族や友人からの優しさに、ずっと気づかずにいたのではないか。
心を入れ替えた彼女の変化
彼女はその日から、心を入れ替えてみることにしました。
「自分が愛されること」ばかりを考えるのをやめて、「まわりの人を愛すること」に意識を向けてみたのです。
家族や友達、隣人に対して、ささやかな感謝の言葉、ねぎらいの言葉、励ましの言葉を意識して掛けるようにしました。
すると、不思議なことが起き始めました。
夫は仕事で大きな成果を上げ、ほどなくして昇進しました。
子供たちは学業や部活で活躍し、新しい友達も増えていきました。
近所付き合いにも温かい風が吹き始め、ちょっとした助け合いが自然と生まれるようになりました。
そして何よりも、家族から「ありがとう」「大好きだよ」と直接言葉をかけられる機会が、目に見えて増えていったのです。
彼女は、ようやく自分が愛されていることを実感できるようになりました。
求めていた愛は、外から運ばれてくるのではなく、自分が手渡したぶんだけ静かに返ってくる、そのことを身をもって知ったのです。
奪う気持ちは、なぜ幸せを減らすのか
霊的な視点から見ると、愛や感謝の気持ちは、人と人の間を循環するエネルギーのようなものです。
循環が滞らずに流れているとき、関わるすべての人の心が満ちていきます。
ところが、自分のところで「もっと欲しい」「自分にだけ集まってほしい」と握りしめてしまうと、流れが止まります。
流れの止まった場所には、新しいものも入ってこられません。
これが、「奪おうとするほど幸せが減っていく」という現象の正体です。
自分を満たそうとするほどに、まわりは離れていき、ますます満たされなくなる悪循環に入ってしまうのです。
その渦中にいるとき、人は「自分は努力しているのに報われない」と感じます。
しかし実際には、努力の方向が「奪うほう」に向いてしまっているために、エネルギーが空回りしているのです。
与える人の周りで起きていること
反対に、与えるほうに意識を向けている人の周りでは、エネルギーがゆるやかに循環し続けます。
その人がふと差し出した笑顔や言葉が、相手の心を軽くします。
軽くなった相手が、また別の誰かに優しさを返します。
そうしてめぐった温かさが、巡り巡って自分のもとへも届くようになっていきます。
「与えれば返ってくる」というのは、見返りを期待する取引の話ではありません。
むしろ、見返りを期待しなくなった人ほど、結果的に多くを受け取っていく、という不思議な仕組みです。
これを頭で理解するのは難しくても、誰かに小さな親切を差し出した夜の、あの静かな満ち足りた気持ちを思い出してみてください。
その感覚こそが、霊性の側から見た「愛が循環している証拠」なのです。
身近な人から始めてみる
では、今日から何ができるでしょうか。
大きなことをする必要はありません。
まずは、いちばん身近な人に、いちばん見過ごしてきた感謝を伝えてみることから始めてみてください。
「いつもありがとう」「あなたがいてくれて助かっている」、たったそれだけの言葉でも、関係の空気が変わっていきます。
面と向かって言いにくければ、メッセージでも、メモでもかまいません。
大切なのは、「自分が受け取ること」よりも先に、「自分が手渡すこと」を選ぶ姿勢です。
褒め言葉は心の栄養になる
身近な人の良いところを、声に出して伝えてみてください。
当たり前にやってくれていることほど、言葉にすると相手の心に深く染み込んでいきます。
褒め言葉は、相手にとっての心の栄養になるだけでなく、口にした自分のなかでも、その人への愛おしさを育てていきます。
そして驚くことに、人の良いところを見つけようとすると、世界そのものが少しずつ明るく見え始めます。
愛を与える人の目には、世界が愛に満ちているように映るようになるのです。
奪う心から、与える心へ
愛を求める気持ちは、決して悪いものではありません。
そこには「もっと幸せでありたい」という、健やかな魂の叫びが含まれています。
だからその気持ちを否定する必要はありません。
ただ、向きをそっと変えてあげてください。
奪う方向に流れていたエネルギーを、与える方向へ反転させるだけでよいのです。
そのとき、あなたの周りには、しっかりと愛が循環し始めます。
長い間、孤独や寂しさのなかで頑張ってこられた方ほど、はじめは違和感があるかもしれません。
けれども、小さな与える行為を重ねていくうちに、必ず流れは戻ってきます。
あなたが手渡した分の愛は、形を変えていつかあなたのもとに帰ってきます。
そしてその頃には、あなた自身がもう、外から愛をもらわなくても満ちているという、不思議な静けさのなかにいるはずです。
奪う心から、与える心へ。
その小さな転換のなかに、幸福が長く居続けてくれる秘密が宿っています。
どうぞ、今日の一言から始めてみてください。
あなたの言葉を受け取った誰かが、また別の誰かに優しさを手渡していく光景を、私はとても美しいものだと思います。
奪うほど減り与えるほど増える幸福の話は、幸福完全ガイドの章でほかの実話と並べています。
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