昨日、私は「三陸沖の地震注意、ざわめく心は予兆を知っている」という記事を書きました。
東北の海の底で、何かが静かに動こうとしている。
その胸のざわめきを、シェアさせていただきました。
ところが、記事を公開してまもなく、今度は日本列島の反対側が揺れました。
沖縄・奄美地方で、最大震度5強の地震です。
北を案じて筆を執った、まさにその日に、南が大きく揺れた。
これをただの偶然と片づけてよいものか。
私はそうは思っていません。
ザ・フナイの対談で語っていたこと
少し前のことになります。
月刊誌『ザ・フナイ』の企画で、船井本社の船井勝仁社長と対談する機会をいただきました。
掲載は九月頃の予定です。
その対談のなかで、私はこれからの大きな震災について、ひとつのことをお伝えしました。
日本列島の北と南、この二つの方角がとりわけ注意だ、と。
口にした時点では、海はまだ穏やかでした。
けれど言葉というものは、時として未来を先に映し出します。
先月の二十日、三陸沖で大きな地震がありました。
そして昨日、沖縄・奄美でも地が揺れた。
北と南、奇しくも同じ二十日です。
対談で口にした懸念が、こうして目の前で形になっていく。
それを目の当たりにして、私は背筋が伸びる思いでした。
なぜ地震は、北と南に現れやすいのか
地球は、生きています。
プレートと呼ばれる巨大な岩盤が、いまもゆっくりと、しかし確かに動き続けている。
日本列島は、その岩盤がせめぎ合う縁の上に乗っています。
北の端と南の端は、いわば列島という弓の、しなる部分にあたります。
力が集まりやすく、ためこんだひずみが解き放たれやすい。
地震という現象が北と南に現れやすいのには、そうした理由があるのです。
物理学者であり随筆家でもあった寺田寅彦の言葉として、「天災は忘れた頃にやってくる」という一節が広く知られています。
忘れた頃。
それは、平穏な日々に慣れて、心の警戒がふっとゆるんだ頃のことです。
地の動きは、人間の都合を待ってはくれません。
揺れていない今この時間こそが、いちばん大切な備えの時間なのだと、私は思います。
「自分は関係ない」が、いちばん危ない
ここで、どうしても強くお伝えしたいことがあります。
北と南が注意だとお話ししましたが、それは決して「真ん中なら安全」という意味で言ったわけではないのです。
日本列島は、どこに暮らしていても、大小の揺れと無縁ではいられない国です。
内陸にも活断層は走り、大きな都市の真下にも危うさは眠っています。
「自分のところは大丈夫だろう」。
その油断こそ、寺田寅彦の言った「忘れた頃」そのものなのです。
北に住む方も、南に住む方も、そして真ん中で暮らす方も。
どうか等しく、今日から心を引き締めていただけたらと願っています。
今日、家に帰ったら確かめたいこと
不安をただ胸に抱えているだけでは、心は重くなっていく一方です。
不安は、具体的な行動に変えたとき、はじめて安心の種に変わります。
今日、家に帰ったら、次のことを確かめてみてください。
ひとつ、水と食料。
家族の人数に三日分をかけた量を最低ラインとして、できれば七日分。
ふたつ、家具の固定。
寝室の背の高い家具が、眠っているあなたや家族の上に倒れてこないか。
みっつ、避難経路。
家から安全な場所まで、夜の暗がりでも歩けるか。
一度、実際に歩いて確かめておく。
よっつ、家族との約束。
離れている時に揺れたら、どこで落ち合うか。
電話がつながらない前提で決めておく。
いつつ、心の備え。
揺れた瞬間に、まず身を低くして頭を守る。
この一動作を、頭ではなく体に覚えこませておく。
どれも、特別な準備はいりません。
けれど、この小さな積み重ねが、いざという時に、あなたと大切な人の明暗を分けます。
ざわめく心を、備える力に
前回の記事で、私は「ざわめく心は予兆を知っている」と書きました。
胸がざわつくのは、弱さの表れなどではないのです。
それは、目に見えない世界からのそっとした知らせを、受け取るための感性です。
その感性を、どうか恐れの中に沈めてしまわないでください。
受け取った知らせは、備えという確かな形に変えていく。
そうすれば、心のざわめきは、あなたと家族を守る力に変わっていきます。
地が揺れることそのものを、私たちの手で止めることはできません。
けれど、揺れたあとに家族と笑って抱き合えるかどうか。
その分かれ道は、今日という一日の私たちの手の中にあります。
どうか、気を引き締めて。
それでいて、必要以上に怯えることなく。
備えを整えたその先に、穏やかな明日が続いていきますように。
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