ナフサは来年まで確保、それでも安心できない理由

2026年5月24日日曜日

エネルギー危機 時事問題 石油危機

政府は、ナフサは来年ぶんまで調達のめどが立っていると説明しています。


中東以外にも仕入れ先を広げ、複数のルートから手当てしているのだから心配ない。

ネット上でも、そうした声をよく見かけるようになりました。

「もう手配は済んでいる」と聞けば、たいていの人はほっとします。

私もその気持ちはよく分かります。

けれど、昨日お伝えした4月の貿易統計を思い出してみてください。

ナフサを含む揮発油の輸入量は、前年の同じ月より37.7%も減っていました。

手配されたぶんは、5月以降に届くのかもしれません。

ですから、4月ひと月の数字だけを見て、足りないと決めつけることはできません。

それでも、4月に4割近くが届かなかったのは確かです。

「手配は済んでいる」という説明と、いま現に手元へ来ている量。

その二つのあいだにある距離が、これから書くことの入り口になります。

手配済みという言葉が隠してしまうもの

原油も大きく減りました。

輸入量は全体で63.7%の減少です。

数字だけを並べれば、ナフサより原油のほうが深刻に見えます。

それでも原油には、逃げ道が一つ残されています。

国としての備蓄です。

輸入が細っても、積み上げてきた備蓄を取り崩していけば、しばらくは時間を稼げます。

ナフサは、そうはいきません。

石油を精製する途中で生まれ、すぐにプラスチックや化学品の原料へと姿を変えていきます。

性質のうえでも、長く大量にためておくものではありません。

だから在庫の層が、もともと薄い。

輸入が減れば、その目減りはクッションを挟まずに、ほぼそのまま現場へ伝わります。

「来年まで確保した」という説明は、契約や手配の話です。

いま実際に港へ届いている量とは、別のものとして聞いたほうがいい。

届くはずの4割が届いていない今の現実が、その距離をそのまま物語っています。

100%調達が守ってくれる範囲

かりに政府が、必要なナフサはいずれ100%確保できる見通しだと言ったとします。

それでも、まだ安心はできません。

その100%は、日本のためのナフサです。

さらに突きつめれば、日本国内で作る製品のためのナフサにすぎないからです。

国内でナフサを原料にものを作るぶんには、たしかに何とかなるのかもしれません。

けれど私たちの暮らしは、国内で生まれたものだけで回っているわけではありません。

棚に並ぶ品の多くが、海を渡ってきたものです。

その海の向こうでナフサが足りていなければ、日本の港にナフサが積み上がっていても、その品は届きません。

日本は調達できている。

この説明そのものは、まちがいではありません。

ただ、それは話の半分です。

残りの半分、輸入に頼っている部分には、まったく別の事情が絡んできます。

ニトリル手袋という身近な手がかり

最近よく話題にのぼる、医療用のニトリル手袋を例にとってみます。

病院でも介護の現場でも、いまや手放せないものになりました。

ところがこの手袋を、日本はほとんど自前で作っていません。

その大半を輸入に頼っています。

主な産地はマレーシアです。

世界で使われるこの種の手袋の、およそ三分の二がマレーシアで生まれているとされます。

残りをタイや中国、ベトナムあたりが分け合っている。

日本の工場が日本のナフサで量産しているわけではないのです。

つまり、日本のためのナフサがどれだけ確保できても、ニトリル手袋そのものは日本のナフサからは生まれません。

手袋が形になるのは、マレーシアの工場の中です。

日本の備えと、手袋の供給は、はじめからつながっていない。

ここを取り違えると、安心の置きどころを間違えます。

その産地も、同じ不足に直面している

ではマレーシアは大丈夫なのか。

じつは、ここがいちばん肝心なところです。

ジェトロが4月に伝えた記事によると、マレーシア製造業者連盟が200社あまりに行った調査で、回答企業のおよそ9割が、すでに影響を受けている、あるいは4週間以内に影響が及ぶと答えています。

さらに67.3%の企業が、1か月以内に生産へ支障が出ると見込んでいます。

逼迫している原材料として名前が挙がっているのが、ほかでもないナフサでした。

LPGや硫黄、特殊な化学品とならんで、中東や欧州から届くはずのナフサが、マレーシアでも細りはじめています。

化学、プラスチック、電気・電子、食品、日用品。

影響の届く先は、私たちの暮らしのすぐ隣にならぶものばかりです。

手袋を作る国が、その手袋の材料を思うように確保できずにいる。

日本のナフサ事情とはまったく別の場所で、供給の土台が揺れはじめています。

日本が確保した分、どこかが足りなくなる

もうひとつ、見落としやすいことを書いておきます。

日本が調達先を多角化し、あちこちから買い集めたとします。

では、その買い集めたナフサは、どこから湧いてきたのでしょう。

世界全体のナフサが、急に増えたわけではありません。

中東という大きな蛇口が細った中で、限られた量を各国が取り合っている。

それが今の姿です。

だとすれば、日本が多めに確保できたぶん、別の国の取り分は確実に減っています。

日本が胸をなでおろした、そのすぐうしろで、マレーシアやどこかの国が少しずつ足りなくなる。

私たちが輸入に支えられているのと同じように、相手の国もまた、別の誰かの輸出に支えられているからです。

この見方を持っておくと、最近ネット上でよく見かける声にも、少し違う角度から触れられます。

政府はよく動いた、来年ぶんまで確保できたのは立派だ、責められるべきは国内でナフサや製品を買い占めている業者のほうだ。

そうした意見を、日に日に多く目にするようになりました。

機敏に動いた側をたたえ、品物を抱え込む者をとがめる。

すっきりとした、分かりやすい構図です。

その気持ちは、私にもよく分かります。

けれど、ひとつだけ立ち止まって考えてみたいことがあります。

買い占め業者がしているのは、いったい何でしょう。

限りある品物を、ほかの人より早く、ほかの人より多く、自分の手元へ寄せることです。

では、日本が世界じゅうから急いでナフサをかき集めるのは、何にあたるのでしょう。

限りあるナフサを、よその国より早く、よその国より多く押さえる。

やっていることの形は、驚くほどよく似ています。

もちろん、規模は違います。

掲げている旗も違います。

国がやれば安全保障と呼ばれ、一つの業者がやれば買い占めと呼ばれる。

それでも、足りないものを先に抱え込み、そのぶんだけ後ろに並ぶ誰かの取り分を削る。

その芯にある行いは、名前を取り払ってしまえば地続きです。

呼び名のほうが、立っている場所に合わせて入れ替わっているだけなのかもしれません。

買い占めを責める言葉を、途中でごまかさずに最後までたどってみます。

すると、その矛先はいつのまにか、自分たちの国の「確保」そのものへも返ってきます。

業者だけを悪者の側に立たせて、それで胸をなでおろす。

その語り方を、私は危ういものだと感じています。

誰かを責めて安心したくなる気持ちの下で、肝心の問いが見えなくなってしまうからです。

自分の国さえナフサを手に入れれば大丈夫。

その考え方は、いまの世界の成り立ちと噛み合っていません。

私たちはずっと前から、たがいに寄りかかり合うことで、ようやく日常を成り立たせてきました。

ニュースの一語で、考えるのをやめないために

政府の「手配は済んでいる」という言葉は、うそではないと思います。

ただ、その言葉が守ってくれる範囲は、思っているよりずっと狭い。

国内で作るもののまわりまでで、輸入に頼る品の多くは、その傘の外に置かれています。

だからこそ、足りているという一語を聞いたところで、考えるのをやめないでいたいのです。

手袋のような、ふだんは意識もしない小さなものほど、気づいたときには棚から消えています。

世界は一枚の布のように織り合わさっています。

どこか一本の糸が細くなれば、遠く離れた場所の手ざわりまで、いつのまにか変わっている。

その事実を受けとめておくことが、これからの日々を、慌てずに見通すための支えになります。

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